アトランティスの謎――なぜプラトンは「沈む国」を語ったのか

ギリシャ神話

一日と一夜で、海に消えたアトランティス。輪の形をした港、金属の輝く神殿、富を集めた王たち。その名前を聞くと、まず「どこにあったのだろう」と考えたくなります。

今回は、島の場所から少し目を移して、この話を伝える古代ギリシャの哲学者、プラトンに近づいてみます。なぜ、国のあり方や人間の生き方を考えた人が、沈む島の物語を語ったのでしょうか。

作品の入り口からたどると、アトランティスには、失われた文明の謎とともに「力を持った国は、どう生きるのか」という問いが置かれています。

アトランティス伝説は、どこから始まるのか

現存する文献で、アトランティスの物語の出発点となるのは、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』です。およそ二千四百年前に書かれた、対話形式の作品です。

本の中では、クリティアスという人物が、子どものころに祖父から聞いた話を紹介します。その話をギリシャへ持ち帰ったのは政治家ソロン。エジプトを訪れた際、神官から遠い昔の戦争について教わったというのです。

ここには、二つの時間があります。本を書いたプラトンの時代と、本の中で語られる、はるかな昔。「昔から伝わった話」という来歴も、プラトンの作品の中で説明されています。私たちが手にしている入口は、この二つの書物です。

物語の舞台は、ソロンの時代からさらに九千年前。海峡の外側にある豊かなアトランティスが勢力を広げ、それに古代のアテナイが立ち向かいます。戦いのあとには地震と洪水が起こり、島は海へ消えてしまいます。

アテナイは、アテネの古代の呼び名です。この記事では混同を避けるため、物語の国を「アテナイ」、プラトンが生きた歴史上の街を「アテネ」と呼び分けます。『ティマイオス』20d–25dに、伝来と戦争のあらましが語られています。

プラトンは、国の栄光と敗北を知っていた

プラトンは紀元前427年ごろ、アテネの有力な家に生まれました。演劇や弁論が盛んな街で育ちましたが、その子ども時代には、アテネとスパルタを中心とする勢力が争うペロポネソス戦争が続いていました。

紀元前404年、アテネは敗れます。その後には三十人政権による支配と民主政の回復があり、紀元前399年には、プラトンが敬愛したソクラテスが裁判にかけられ、死刑になりました。

ソクラテスは、人々との会話の中で「勇気とは何か」「正しさとは何か」を問い直す人でした。プラトンの本にも、そんな対話が繰り返し登場します。自信を持って答えた人が、問いを重ねるうちに考え直す。読者も、そのやり取りに付き合うことになります。

国が下した決定と、正しい判断は、どうすれば一致するのか。誰が力を持てば、人々はよく暮らせるのか。プラトンは、こうした問いを、戦争や裁判のある現実の街のすぐ近くで考えた人物でした。後にはアカデメイアという学びの場を開き、そこでアリストテレスも学びます。

生涯と対話形式の背景は、Stanford Encyclopedia of Philosophy「Plato」にも整理されています。

理想の国を、実際に動かしてみたい

プラトンの『国家』では、正義を考えるために、人々が言葉の上で国を組み立てていきます。食べ物を作る人、物を作る人、街を守る人。それぞれが役割を果たすには、どんな教育や仕組みが必要なのか。

とりわけ大切になるのが、力を持つ人の育ち方です。武器を扱う人が強くなっても、その力を守るべき人々へ向けてしまえば困ります。勇気に加え、自分を抑える力や、よいものを見分ける力が必要です。

守護者の私有財産を制限し、共同生活をさせる案も、街を守る立場を自分の利益に使わせないための仕組みとして読めます。現代の自由とは大きく違う制度ですが、プラトンが気にかけているのは、国全体の秩序と、それを支える人間のあり方です。

そして『ティマイオス』の冒頭で、ソクラテスは、語られた国が実際に行動する姿を見たいと望みます。美しい動物を眺めているうちに、その動物が動き、力を発揮するところを見たくなる、というたとえを使うのです。

よい制度を持つ国は、危機の中で何をするのか。その願いに応える話として、アトランティスとの戦いが持ち出されます。島の物語は、国家についての対話の続きを担っています。『ティマイオス』19b–20c、26c–eが、このつながりをよく示しています。

王家の始まり――ポセイドンとクレイトの子どもたち

アトランティス王家の始まりには、海の神ポセイドンと、人間の女性クレイトが登場します。ポセイドンは彼女の住む丘を、水と陸の輪で囲みました。三重の水の輪と二重の陸の輪。後に王宮や港が整えられる、都の中心です。

二人の間には五組の双子、合わせて十人の息子が生まれます。島は十の領地に分けられ、長男アトラスが中心となる領地と王権を与えられました。島と海の名は、この王に由来すると説明されます。

その子孫が治める国には、豊かな農地、木々の茂る山、船の行き交う港がありました。神殿は金や銀で飾られ、城壁にはオリハルコンという金属が輝きます。温かい泉と冷たい泉、浴場や庭園もある。読むほどに、誰かが暮らしていた場所として島を思い浮かべられます。

十人の王には、互いに武器を向けないことや、大事なことを相談することなどの決まりがありました。神殿の柱に刻まれた法を前に、王たちは誓いを立てます。物語の初めから、ただ欲深い支配者として描かれているわけではありません。『クリティアス』113c–120dには、王家、都市、法と儀礼が詳しく記されています。

富を失う前に、豊かさを扱う力を失っていた

初めのころ、王たちは富そのものを何より大切にしていたわけではありません。互いを尊び、節度を守っていました。ところが世代を重ねると、神に由来する性質が薄れ、人間的な性質が強くなり、欲望が膨らんでいきます。

ここで印象的なのは、外から見た姿とのずれです。彼らのあり方が崩れていく一方で、見る人によっては、ますます立派で幸福に見えていたと語られます。

宮殿は輝いている。財産も軍事力もある。その姿だけを見るなら、国は順調に成長しているように思えるでしょう。けれど、手にした力をどう扱うかという基準は変わり始めていました。

アトランティスは、貧しくなったから堕落した国ではありません。豊かなまま、節度を失っていく国です。この変化が、沈没の前に時間をかけて描かれています。『クリティアス』120e–121bの終盤は、繁栄を何で測るのかという問いを読者に残します。

敵の国に、自分たちの街が重なってくる

アトランティスに立ち向かう古代アテナイの守護者は、共同の住まいで暮らし、金や銀で華美に飾る生活をしません。富を誇る国と、節度を守る国。その対照には、プラトンが考えた守護者の生活が重なります。

一方、現実のアテネの歴史を見ると、関係は少し複雑になります。アテネはペルシア戦争で大きな力に立ち向かった街でした。その後は艦隊と同盟を基盤に影響力を広げ、同盟諸都市を支配する側にもなっていきます。

人々の自由を守ったという誇りを持ちながら、ほかの都市を従わせてもいる。この歴史を横に置くと、アテネの姿は、英雄のアテナイにも、豊かな海上勢力アトランティスにも重なって見えます。

歴史家ピエール・ヴィダル=ナケは、古代アテナイとアトランティスの対照を通して、理想化されたアテネと海上帝国となったアテネを読む研究を示しました。この読み方では、敵の国の描写が、自分たちの街を見直すきっかけになります。

また、ペルシア戦争との構図の似方や、歴史を伝える文章の組み立て方に注目し、アトランティスを歴史の「パロディ」として読む人もいます。ここでいうパロディは、単なる笑い話という意味ではなく、よく知られた歴史や語り方を別の形に組み直すという見方です。

物語のアテナイに自分たちを重ねて読んでいたら、敵の国にも見覚えがある。その瞬間、遠い島の話が、身近な問いへ変わります。

ゼウスが語る直前で、文章は途切れる

『クリティアス』の終わりで、ゼウスは王たちの変化を見抜きます。そして彼らを罰し、立ち直らせようと考え、神々を集めて語り始めようとします。

ところが、現存する文章は、そこで途切れています。私たちが読めるのは、ゼウスの長い説教ではなく、その手前までです。

有名な「一日と一夜で沈んだ」というあらましは、『ティマイオス』にあります。しかも、災害に遭うのはアトランティスだけではありません。勝利したアテナイの戦士たちも、大地にのみ込まれます。

よい行いをしたことと、その国がいつまでも存続することは、別の問題として残ります。繁栄も勝利も、人間の世界を永久に守ってはくれない。そう読むと、沈む島には、文明のはかなさも重なって見えます。

なぜプラトンは、この物語を語ったのか

作品の導入にあるのは、理想の国が行動する姿を見たい、という願いです。教育や制度が危機の中でどう働くか。その相手として、富と力を備えたアトランティスが登場します。

ここからは、読んでいて私が感じたことです。「力には節度が必要だ」と説明されれば、私たちはうなずけます。けれど物語では、その前に美しい宮殿やにぎわう港を見せられる。まず豊かさに心を引かれ、そのあとで、それをどう扱うかを考えることになります。

自分たちの側を応援していたはずなのに、敵の国にも自分たちと似たところがある。そんな読み方をすると、簡単に正しい側へ落ち着くことができません。

何を欲しがり、誰にどんな力を使い、どこまで手にすれば十分だと思うのか。国の名前や誇らしい過去だけでは、その日の行動は決まりません。

アトランティスがどこにあったのかを探す楽しさは、そのまま残ります。それと並べて、海へ沈む前に何が変わっていたのかを読んでみる。すると、遠い島の話が、自分の暮らしにまで近づいてきます。

島の場所を探していたのに、いつの間にか、少し耳が痛い。私はそこに、プラトンの物語が今も読まれる理由の一つを感じます。

参考資料

※古典の内容は日本語での要約・再話です。歴史との重ね合わせは研究者の読みとして紹介し、末尾の考察は筆者の読解です。

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