「経験からして絶対あると思う」は、正しいのか
「男性は結論を急ぎたがる」「女性は共感してほしいだけ」——こうした”男女あるある”は、日常会話でもよく話題になる。
実際に多くの人と接するなかで、「絶対に違いはある」と感じている人も多いだろう。
実は筆者もそのひとりだ。
脳科学は「男性脳・女性脳」をどう見ているのか。ここ数年で急速に進んだ大規模研究が、かなりはっきりした答えを出し始めている。
平均で見ると、たしかに”配線”の違いはある
2026年に学術誌「NeuroImage」に発表された研究では、健康な若年成人1065人(男性490人、女性575人)の脳を拡散MRIで撮影し、神経線維の走行=脳の”配線”を詳しく解析した。
その結果、女性は調べた脳領域の多くで、神経線維の束がより整然と組織化されている指標(FA値)が高く、また左右の脳半球をつなぐ脳梁を介した”半球間の連携”が男性より強いことが分かった。
一方、男性は片方の半球内での結合が比較的強く、神経線維の束もやや長い傾向が見られたという。
この研究チームは、男女のデータを混ぜずに、それぞれ専用の脳の”標準地図”を初めて作成した。
同性のテンプレートを使うほうが、個人の脳の状態をより正確に表現できることも確認されている。
つまり、集団の平均で見れば、脳の構造に一定の性差が存在すること自体は、最新の研究でも支持されている。
だが、「男性脳」「女性脳」に二分はできない
問題は、その「平均の差」が「あなたの脳は男性型/女性型」という個人の分類にそのまま使えるかどうかだ。
ここで参照されるのが、イスラエル・テルアビブ大学のダフナ・ヨエル氏らが2015年に米科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した研究である。
ヨエル氏のチームは、多数の脳画像データを解析し、「脳が”男性型”か”女性型”かに、きれいに二分できるか」を検証した。その結果、多くの脳の特徴において、男女の分布は大きく重なり合っており、一貫して「これは男性的、これは女性的」と言い切れるような脳はごく少数だった。
むしろ一つの脳の中に、”男性に多い特徴”と”女性に多い特徴”がモザイクのように混在しているのが実態だという。
東京大学の認知神経科学者・四本裕子教授も、2024年のインタビューでこの点を指摘している。「男性500人、女性500人の脳を比較すればグループ間で差は出る。しかし、その差は”男性脳・女性脳”が想定するような単純な二分法とは違う。
脳は百以上の軸に分解でき、個人差は”モザイク的”に現れる」と説明する。
つまり、平均の差があることと、一人ひとりの脳を「男性型/女性型」に振り分けられることは、まったく別の話なのだ。
その”差”自体が、社会によって作られている可能性
さらに興味深いのは、脳の性差そのものが、生まれつきの生物学的な要因だけで決まるとは限らない、という研究だ。
京都大学などの国際研究チームが2023年にPNASで発表した研究では、29カ国、健康な成人7876人分の脳MRIデータと、各国の「ジェンダー・ギャップ指数」を照合した。
その結果、男女の格差が大きい国ほど、大脳皮質の厚みにおける男女差(具体的には女性の右脳皮質が男性より薄くなる傾向)が大きいことが分かった。この関連は、各国の経済発展の違いを差し引いても認められたという。研究チームは、不平等な環境に置かれ続けることによるストレスが、女性の脳の発達に影響している可能性を指摘している。
四本教授のインタビューでも、社会的な要因が”性差”をつくる象徴的な実験が紹介されている。アメリカの大学生を対象にした競争心の実験では、男子学生のほうがペア対戦を、女子学生のほうが一人での参加を好む傾向が見られた。
ところが、男性優位社会として知られるマサイ族で同じ実験を行うとやはり男性がより競争を好んだ一方、女性優位社会として知られるインドのカーシ族では、逆に女性のほうが競争を選んだという。社会構造が変わるだけで、”男女らしさ”の現れ方は逆転しうる。
まとめ——「傾向」はあっても「決めつけ」の根拠にはならない
ここまでの研究を総合すると、次のように整理できる。
大規模なデータで平均をとれば、脳の構造にある程度の性差は確かに存在する。しかし、その差は集団レベルの傾向にすぎず、一人の脳を見て「これは男性脳」「これは女性脳」と分類できるほどのものではない。しかも、その差の一部は、生まれつきの生物学的な要因だけでなく、育った社会環境やジェンダー不平等といった後天的な要因によっても形づくられている可能性がある。
「男性は○○、女性は○○」という会話は、日常の実感としては分かりやすい。だが、それを「脳の作りだから仕方ない」と結論づけてしまうのは、最新の脳科学が示す実態とは、少し距離があるようだ。
余談
ちなみに、この記事のそもそものきっかけは、「男性は解決志向、女性は共感志向」と、やけに自信満々に語っていたAIとの雑談だった。今回いろいろ調べて分かったのは、モザイクのような個人差を無視して、”傾向”をさも”断定”であるかのように語る態度は、脳科学というよりも、むしろ本サイトの別の連載でおなじみの「AIハルシネーション」にかなり近い、ということである。次に「男脳・女脳」論で場が盛り上がったら、「まあ、モザイクだからね」とだけ言っておくと、多少は物知り顔ができるかもしれない。効果は保証しない。

出典・参考情報源
- 脳の”配線”の性差に関する研究(2026年、NeuroImage誌、健康な若年成人1065人の拡散MRI解析、性別特化DTIテンプレートの開発): note「KINAKO」による論文紹介記事(原論文: Jafari B, Memar M. “Exploring mesoscale brain connectivity variations and developing sex-specific tractography templates.” NeuroImage. ※PubMedへの直接アクセスは今回確認できず、二次紹介記事の内容に基づく)
- ダフナ・ヨエル氏らによる脳の”モザイク”研究(2015年、PNAS): Sex beyond the genitalia: The human brain mosaic
- 東京大学・四本裕子教授インタビュー(2024年4月10日、「男性脳・女性脳」言説の科学的根拠、マサイ族・カーシ族の競争心実験): UTokyo FOCUS
- 男女間の不平等と脳構造の関連に関する国際共同研究(2023年、PNAS、29カ国7876人のMRIデータ解析): 京都大学プレスリリース(PDF)(原論文: Zugman A, Ueno T, Miyata J, Crossley NA. “Country-level gender inequality is associated with structural differences in the brains of women and men.” PNAS, DOI: 10.1073/pnas.2218782120)


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