動物園で、ヤギと目が合った話
動物園のふれあいコーナーで、ヤギに顔を近づけたことはあるだろうか。
餌をねだって寄ってきたヤギと、うっかり至近距離で目が合う。その瞬間、多くの人がぎょっとする。
丸くない。瞳孔が、真横に伸びた長方形なのだ。
まるで作り物のような、機械の部品のような瞳。SNSでは「ヤギの目が怖い」「悪魔みたいな瞳孔」と話題になることも多い。横長の瞳孔を持つのは、ヤギだけではない。ヒツジもウマもカバも、同じような瞳孔を持っている。共通しているのは、みな肉食動物に狙われる側の、草食動物だということだ。
なぜ、これほど不気味に見える形が、進化の過程でわざわざ選ばれたのか。
しかも調べていくと、この瞳孔にはもう一つ、さらに奇妙な性質があることが分かってくる。ヤギが頭を下げて草を食べても、坂道で首を傾げても、瞳孔だけは常に地面と平行を保ち続けているのだ。
横長の瞳孔は、広角レンズだった
2015年、カリフォルニア大学バークレー校のマーティン・バンクス氏らの研究チームが、214種の陸上動物の瞳孔の形を調べ、その結果を学術誌「Science Advances」に発表した。
彼らが注目したのは、瞳孔の形と、その動物が生態系の中でどんな立場にいるかの関係だった。調べてみると、はっきりした傾向が浮かび上がってきた。
横に長い瞳孔を持つ動物は、ほぼ例外なく、地面で草を食べる「グレイザー(採食動物)」であり、なおかつ肉食動物に襲われる側の動物だったのである。ヤギ、ヒツジ、ウマ、シカ、カバ。いずれも当てはまる。

この形には、少なくとも二つの利点があるという。
一つ目は、視野の広さだ。横長の瞳孔は、丸い瞳孔よりも水平方向に広く光を取り込める。ヤギの視野は、頭をまったく動かさなくても320度から340度に達するとされる。人間の視野がおよそ180度であることを考えると、ほぼ背後まで見えている計算になる。首を振らなくても、四方八方から迫る肉食動物の気配を察知できるというわけだ。実際、家畜行動学の専門家テンプル・グランディン氏も、牛や豚は300度を超える視野を持ち、羊も頭部の毛量によって191度から306度の視野があると報告している。柵や通路の設計に、この広い視野が影響することも指摘されている。
二つ目は、光のコントロールだ。横長の瞳孔は、まぶしい空からの光を効率よく遮りながら、地面や周囲の景色からの光を多く取り込めるように働く。上からの日差しをカットしつつ、足元や周囲の異変には敏感でいられる、都合のいい絞りの形をしているのだ。
つまりヤギのあの目つきは、不気味さを狙ったものではなく、「捕食者にいち早く気づくための広角レンズ」だった。
## もっと不思議なのは、頭を下げても瞳孔が傾かないこと
ここまでなら、「なるほど、広い視野のためか」で終わる話かもしれない。
だが、バンクス氏らの研究には、もう一つ、さらに奇妙な発見があった。
彼らは動物園で、ヤギやシカなどの草食動物を撮影し、頭の角度を変えたときに瞳孔がどう動くかを観察した。
普通に考えれば、頭を下げて草を食べれば、瞳孔も一緒に傾くはずだ。人間が首をかしげれば、目玉も一緒に傾くのと同じように。
ところが、映像を確認すると、ヤギの瞳孔は、頭がどれだけ傾いても、ほぼ水平を保ったままだった。頭を大きく下げて地面の草に顔を埋めていても、傾いた坂道に立っていても、瞳孔は律儀に地面と平行なのである。
これを可能にしているのが、眼球そのものの回転だ。頭が傾くのに合わせて、眼球が自動的に反対方向へ回転し、瞳孔の向きを打ち消している。研究チームの計測によれば、この回転は片目だけで50度以上に達することもあるという。人間の眼球が同じように回転できる範囲は、この10分の1程度でしかない。
頭がどんな角度になっても、視界の中の地平線だけは水平のまま。そんな芸当を、ヤギは無意識にやってのけているということになる。
草を食べながら周囲を警戒する、という行動には理由がある。頭を下げている間は最も無防備な瞬間だ。もし瞳孔まで一緒に傾いてしまえば、視界が斜めに歪み、忍び寄る捕食者の姿を見誤りかねない。目の中だけでも「水平線」を保っておくことは、命に関わる問題なのだ。
待ち伏せする側の瞳孔は、縦長になる
同じ研究では、瞳孔の形について、もう一つ興味深い対比が示されている。
ネコのような、獲物に忍び寄って一気に飛びかかる「待ち伏せ型」の捕食者は、縦に長いスリット状の瞳孔を持つ傾向がある。縦長の瞳孔は、両目の視差とピントのぼけ具合を組み合わせて、獲物までの距離を正確に測るのに向いているという。ただしこの傾向が当てはまるのは、主に体高の低い小型の捕食者に限られる。研究で調べた前向きの目を持つ捕食者65種のうち、82%は肩の高さが16.5インチ(約42センチ)未満だった。トラやライオンのような大型のネコ科動物は、むしろ人間に近い丸い瞳孔を持っている。
一方、獲物を追いかけて捕らえる「追跡型」の捕食者や、雑食性の動物には、丸い瞳孔が多い。犬や人間も、この丸い瞳孔のグループに含まれる。
瞳孔の形は、その動物が捕食者なのか被食者なのか、待ち伏せするのか追いかけるのか、暮らし方をそのまま映し出す設計図になっているのだ。
「怖い目」の正体
もう一度、動物園でヤギと目が合った瞬間を思い出してほしい。
あの長方形の瞳孔は、悪意でも異様さでもなく、何百万年もの間、肉食動物に狙われ続けてきた動物が行き着いた、生き延びるための答えだった。首を動かさずに背後まで見渡す広い視野。頭を下げても崩れない水平な視界。すべてが、油断なく周囲を見張るための仕組みでできている。
次にヤギと目が合ったら、少しだけ見方が変わるかもしれない。あの目は、こちらを見ているだけでなく、こちらの後ろも、空も、足元も、同時に見張っているのだから。
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## 出典・参考文献
– [Banks, M.S., Sprague, W.W., Schmoll, J., Parnell, J.A.D., Love, G.D. (2015). “Why do animal eyes have pupils of different shapes?” Science Advances, 1(7), e1500391.](https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.1500391) ― 214種の瞳孔形状の分類、グレイザー(草食採食動物)と横長瞳孔の相関、動物園での撮影による眼球回転(片目50度以上)の観測、待ち伏せ型捕食者(体高16.5インチ未満が82%)と縦長瞳孔の相関の出典
– [Sci-News.com, “New Study Reveals Why Some Animals Have Vertical Pupils”(2015年8月)](https://www.sci.news/biology/science-pupils-shape-eyes-animals-03112.html) ― 上記論文の著者名・巻号・DOI確認、垂直瞳孔と丸い瞳孔についての要約の補足として参照
– [Temple Grandin, “Behavioral Principles of Livestock Handling”(grandin.com)](https://www.grandin.com/references/new.corral.html) ― 牛・豚が300度超、羊が191~306度の視野を持つという数値の出典
– [Goat Journal, “Amazing Goat Eyes and Remarkable Senses!”](https://goatjournal.iamcountryside.com/ownership/goat-eyes-senses/) ― ヤギの視野が320~340度に達するという数値、二色型色覚(青・緑寄りの2種の錐体)についての記述の参照元。学術論文ではなく畜産系メディアの記事のため、本文では「~とされる」という慎重な表現にとどめている

