タコは夢を見るのか――眠りながら体の色を変える、8本腕の「エイリアン」

眠りながら体の色を変化させる、暗闇に浮かぶタコのシルエット 動物

眠っているタコが、突然、色を変えた

2019年、アメリカの科学ドキュメンタリーに、一匹のタコが映った。名前はハイジ。水槽の中で、静かに眠っている。

白っぽい体が、ふいに黄色くなる。次の瞬間には濃いオレンジに。そしてまた白へ。

数十秒のあいだに、体色がくるくると移り変わっていく。まるで、何かを見ているみたいに。

番組を見ていた研究者が言った。「夢を見ているのかもしれない」

その一言から、世界中の研究室が本気で動き出した。そして2023年、日本の研究チームが、この問いにかなり際どいところまで踏み込むことになる。

タコは、夢を見るのか。

暗闇の水槽で眠りながら体の色を変化させるタコ

そもそも、タコの脳が変すぎる

夢の話をする前に、避けて通れないことがある。タコの神経系は、私たちの常識がまったく通用しない構造をしている。

タコの体には、およそ5億個のニューロンがある。犬より少なく、猫と同じくらいの数だ。数だけ見れば、そこまで驚く話でもない。

問題はその置き場所である。

中央の脳にあるニューロンは、約4,000万個。目の横にある視葉に約1億3,000万個。そして残りの大部分――全体のおよそ3分の2は、8本の腕に散らばっている。

腕1本につき、数千万個規模のニューロンが詰まっている計算だ。だから腕は、脳の指示を待たずに、自分で「触る」「味わう」「動く」を判断できる。

タコの吸盤には味覚のセンサーがある。岩の隙間に腕を突っ込んだとき、タコは中身を見ていない。腕が勝手に触り、勝手に味見して、勝手に「食べ物だ」と判断している。

この構造を指して、「タコには脳が9つある」と言われる。中央に1つ、腕に8つ。

もっとも、これは少し盛った表現でもある。腕は完全に独立しているわけではなく、中央の脳とかなり密に情報をやりとりしていることも近年わかってきた。指揮官が1人いて、現場判断のできる部下が8人いる、くらいのイメージが実態に近い。

いずれにせよ、頭に脳が1個だけ入っている私たちとは、設計思想がまるで違う。

8本の腕に神経が分散したタコの体のイメージ

8本腕の、けっこうな知能犯

ついでに言っておくと、タコはかなり賢い。

ココナッツの殻を2枚抱えて海底を歩き、いざというときに殻を閉じてシェルターにする。「あとで使うかもしれない」と思って持ち歩いているわけで、これは先を見越した道具の使用にあたる。

蓋つきの瓶を開ける。幼児が開けられないよう設計された安全ロック付きのケースも、時間をかけて突破する。迷路も解く。しかも解き方には個体差があって、大胆に突っ込むタイプと、慎重に探るタイプがいる。

人間の顔も見分ける。水族館で、全員が同じ制服を着ていても、だ。そして嫌いな職員が通りかかったときにだけ、水を吹きかける個体が実際に報告されている。

夜になると水槽を抜け出し、隣の水槽の魚を食べ、何食わぬ顔で自分の水槽に戻っていた――そんな話まである。

つまりタコは、「夢を見ていてもおかしくないな」と思わせるだけの認知能力を、すでに持っている。

まず、タコは本当に「眠って」いるのか

夢の前に、確かめるべきことがある。あの動かない状態は、本当に睡眠なのか。ただぼんやりしているだけではないのか。

これに答えたのが、2021年にブラジルのリオグランデ・ド・ノルテ連邦大学のチームが発表した研究だ(学術誌『iScience』掲載)。

チームはハナガサダコ4匹を、50日以上にわたって観察し続けた。

わかったのは、まずタコの静止状態が本物の睡眠であること。起きているときは弱い刺激にも敏感に反応するのに、その状態のときは、かなり強い刺激を与えないと反応しない。

そしてもうひとつ。タコの睡眠には、二つの段階がある。

ひとつは「静かな睡眠」。体色は白っぽく、じっとしている。

もうひとつが「活発な睡眠」だ。目が動き、筋肉と吸盤がぴくぴくと痙攣し、体色が白から焦げオレンジ、赤錆色へと激しく変わっていく。

このパターン、どこかで聞き覚えがないだろうか。人間のノンレム睡眠とレム睡眠に、そっくりなのである。

そして人間が最もはっきり夢を見るのは、レム睡眠中だ。

研究チームのコメントは慎重だった。「タコが夢を見ると断言はできない。本人が語ってくれないからだ」。ただ、こうも付け加えている。活発な睡眠はほんの数秒から1分ほどしか続かない。だから、もし夢があるとしても、複雑な物語ではないだろう。せいぜい短いビデオクリップか、GIF画像のようなものだろう、と。

タコが見るGIF。想像すると、ちょっと可愛い。

2023年、沖縄からの決定打

そして2023年、話は一気に核心へ進む。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)とワシントン大学のチームが、学術誌『Nature』に研究を発表した。対象は夜行性のソデフリダコ29匹。

彼らがやったことは、なかなか力技だ。タコの脳に電極を埋め込み、神経活動を直接記録する。同時に、体色の変化を8Kカメラで撮影して解析する。

ちなみに、動き回るタコの脳波を記録するのは長らく不可能とされてきた。体が柔らかすぎて、どんな装置を付けても腕で器用に外してしまうからだ。この技術的な壁を越えたこと自体が、同じ年の別の成果として報告されている。

さて、記録された結果である。

1つめ。タコはおよそ1時間に1回、約1分間の「動的睡眠」に入る。

2つめ。その動的睡眠中の脳活動が、起きているときと驚くほどよく似ていた。眠っているのに、脳は覚醒時とほぼ同じように働いている。これは人間のレム睡眠の定義そのものだ。

3つめ。研究チームは、タコの睡眠を2日間にわたって妨害した。絵筆でつついて起こし続けたのである(タコにはかなり気の毒な実験だ)。すると、その後のタコは動的睡眠に入るタイミングが早まり、頻度も増えた。眠りが足りないぶんを取り返そうとしている。「睡眠圧」の自己調節であり、これが本物の睡眠である何よりの証拠になる。

4つめ。静かな睡眠中には、学習と記憶を担う脳領域で、特徴的な脳波が観測された。哺乳類のノンレム睡眠に現れる「睡眠紡錘波」によく似ている。紡錘波は、記憶の定着に関わるとされる波だ。

5つめ。そして最大の発見。動的睡眠中にタコが見せる体色パターンが、起きているときの狩り、威嚇、擬態といった場面で使うパターンと一致していた。

眠りながら、狩りの色をしている。眠りながら、敵を威嚇する色をしている。

「夢と矛盾しないが、証明ではない」

研究を率いたサム・ライター准教授のコメントが、じつに科学者らしい。

「夢という考えと整合的だが、証明ではない。もしこれが夢のようなものなら、さまざまな覚醒時の体験をなぞるランダムウォークのようなものだろう」

チームは、慎重に2つの可能性を示している。

ひとつは、睡眠中に擬態の「練習」をしている、あるいは色素細胞のメンテナンスをしているという説明。夢とは関係なく、体のシステムの整備をしているだけかもしれない。

もうひとつが、起きているときの体験を脳内で再生しているという説明。こちらは、ほとんど夢と呼んでいいものだ。

現時点で、どちらとも言い切れない。ただ、どちらにしても不思議な話であることに変わりはない。

悪夢を見たかもしれないタコ

余談として、もう一つ引っかかる報告がある。

アメリカの研究チームが公開したプレプリント(査読前の論文)に、こんな観察が記されている。

眠っていたオスのハナガサダコが、突然、寝床から飛び出した。そしてそのとき取った一連の動きが、捕食者に襲われたときの行動パターンとそっくりだったという。

研究者はこれを、「ネガティブなエピソード記憶への反応」つまり悪夢の可能性がある、と示唆している。

ただしこれは1匹の1例にすぎず、査読も経ていない。断定するには早すぎる。それでも、タコがうなされているかもしれないという想像は、なかなか離れてくれない。

まとめ:「見ている」とは言えない。でも「見ていない」と言う方が難しくなった

ここまでをまとめると、こうなる。

タコは眠る。それも二段階の睡眠を持ち、そのうち片方は人間のレム睡眠とよく似ている。そのあいだ脳は起きているときのように活動し、体には狩りや威嚇のときの色が浮かぶ。

夢を見ている証拠にはならない。だが、「タコは夢を見ていない」と主張する方が、いまや難しくなってしまった。

そしてもう一つ、この話には見逃せない含みがある。

タコと私たち脊椎動物が枝分かれしたのは、およそ6億年前だ。共通の祖先は、まだ「動物未満」と言っていいほど原始的な生き物だった。脳らしい脳など、まだどこにもない。

つまりタコの二段階睡眠は、私たちのレム睡眠とはまったく別のルートで、独立に進化したことになる。

もしそうなら、こういう可能性が浮かんでくる。活発な睡眠を持つことは、複雑な知能を手に入れた生き物に共通して現れる特徴なのではないか。

賢い動物は、夢を見る。まだ仮説の域を出ないが、そう考えたくなる話ではある。

ところで、この6億年の隔たりは、睡眠だけでなく「タコとは何者なのか」という、もっと厄介な問いにもつながっていく。

タコが仲間に泥を投げつけていること。海底にタコの集落があること。そして哲学者が真顔で「心は、この地球で二度つくられた」と主張していること。

そのあたりは、次回に。

出典・参考情報源

※「眠っていたタコが捕食者に襲われたときの行動を取った(悪夢の可能性)」については、査読前のプレプリントで報告された1例のみであり、確立した知見ではありません。「そう報告されている」という距離感で扱っています。

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