「人懐っこさ」の正体は、ウィリアムズ症候群と同じ遺伝子だった
進化と考古学の先にある、最後のピース
これまで2回にわたり、イヌがオオカミから分かれて人懐っこい性質を獲得していった進化の過程と、
1万年以上前の墓から見つかった、家族としてイヌを弔った人々の姿を見てきた。
では、イヌの「人懐っこさ」そのものは、生物学的にはいったい何が原因なのだろうか。この問いに、ある研究チームが驚くべき答えを出している。
カギとなるのは、人間の遺伝性疾患「ウィリアムズ症候群」だ。
人間にもある”超社交性”の病気
ウィリアムズ症候群(ウィリアムズ・ビューレン症候群)は、7番染色体の一部が微細に欠失することで起こる先天性の疾患で、およそ1万人に1人の頻度で生じるとされる。
特徴的な顔立ちや心血管系の異常、知的発達の遅れなどを伴う一方で、この病気には一つ、際立った特徴がある。それが「超社交性」だ。
ウィリアムズ症候群を持つ人は、初対面の相手であっても物怖じせず、非常にフレンドリーに接する傾向があることが、医学的にもよく知られている。
見知らぬ人に対して警戒心を抱きにくく、誰に対しても愛想よく振る舞う——その社交性の高さは、時に「妖精のような性格」と表現されるほどだ。
2017年の発見 イヌとオオカミを比較した実験
2017年、プリンストン大学のブリジット・ヴォンホルト氏らの研究チームが、学術誌『サイエンス・アドバンシズ』に、この人間の疾患とイヌの性格を結びつける論文を発表した。
研究チームはまず、飼いイヌと、人の手で育てられたオオカミの社交性を比較する行動実験を行った。見知らぬ人間が近くにいる状況を設定したところ、イヌはオオカミよりも明らかに長い時間、その人を見つめたり、近づいて交流しようとしたりする行動を示した。
次に研究チームは、イヌとオオカミのゲノムを比較した。
すると、イヌの家畜化の過程で強い自然選択(あるいは人為選択)を受けたと考えられる、6番染色体上のある領域に注目が集まった。この領域には「GTF2I」と「GTF2IRD1」という二つの遺伝子が含まれていたのだが、これらはまさに、人間のウィリアムズ症候群の原因領域に含まれる遺伝子と同じものだったのだ。
研究チームはさらに、社交性が特に高いイヌの個体ほど、この二つの遺伝子に構造的な変異を持っている傾向があることを確認した。
人間を”超社交的”にする遺伝子の変化と、イヌを人懐っこくする遺伝子の変化が、同じ場所で起きていたのである。

なぜ同じ遺伝子が”再利用”されたのか
この発見が示唆するのは、イヌの家畜化という進化のプロセスが、人間の病気の原因となる遺伝子群と、同じ「社交性のスイッチ」を使って進んできた可能性があるということだ。
2019年に発表された別の研究では、灰色オオカミのゲノムにおいて、この同じウィリアムズ症候群関連遺伝子群の働きに影響を与える、可動遺伝因子(トランスポゾン)の挿入が確認されている。
研究者たちは、家畜化の過程で、この特定の遺伝子群のまとまりに狙いを定めたかのような選択が働き、イヌがオオカミから急速に行動面で分岐し、人間との共生を可能にしたのではないかと考察している。
その後、2024年に発表された研究でも、この社交性に関わる構造変異が、ゲノムの立体的な折りたたみ構造(三次元クロマチン構造)に影響を与え、遺伝子の働き方そのものを変化させている可能性が報告されており、研究は現在も続いている。
進化・考古学・遺伝学が指し示す、一つの答え
まず、オオカミの中でも人を恐れない性質を持つ個体が、人里に近づき、世代を重ねる中で選び抜かれ、イヌという新しい存在が生まれた。
次に、1万年以上前の墓からは、そうして生まれたイヌを、単なる道具としてではなく、家族として大切に弔っていた人々の姿が見つかった。
そして最後に、そのイヌの人懐っこさの正体をゲノムレベルで探ると、人間を”超社交的”にする病気と同じ遺伝子のスイッチが関わっていることが分かった。
進化、考古学、遺伝学——まったく異なる三つの角度からの研究が、期せずして同じ一つの物語を語っている。イヌは偶然にも人懐っこくなったのではなく、人間の社会性そのものと深く重なり合う仕組みを通じて、この地球上でもっとも人間に近い動物になったのだ。
数万年前、飢えたオオカミが恐る恐る人の焚き火に近づいた、その最初の一歩から始まった関係は、今もなお、私たちの隣で眠るイヌの姿の中に、確かに息づいている。

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## 出典・参考情報源
– [Structural variants in genes associated with human Williams-Beuren syndrome underlie stereotypical hypersociability in domestic dogs|Science Advances](https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.1700398)(2017年vonHoldt氏らの論文本体。GTF2I・GTF2IRD1遺伝子の構造変異と犬の超社交性に関する研究)
– [These genes may be why dogs are so friendly|Science News](https://www.sciencenews.org/article/these-genes-may-be-why-dogs-are-so-friendly)(研究内容の一般向け解説)
– [Genetic Syndrome In Humans May Help Explain Friendliness In Dogs|iHeartDogs.com](https://iheartdogs.com/genetic-syndrome-in-humans-may-help-explain-friendliness-in-dogs/)(イヌとオオカミの社交性比較実験の詳細)
– [Activity of Genes with Functions in Human Williams–Beuren Syndrome Is Impacted by Mobile Element Insertions in the Gray Wolf Genome – PMC](https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6007319/)(2019年発表、オオカミゲノムにおける可動遺伝因子の挿入に関する追跡研究)
– [Canine hyper-sociability structural variants associated with altered three-dimensional chromatin state|BMC Genomics](https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12864-024-10614-6)(2024年発表、構造変異と三次元クロマチン構造への影響に関する研究)
– [ウィリアムズ症候群(指定難病179)|難病情報センター](https://www.nanbyou.or.jp/entry/4766)(ウィリアムズ症候群の頻度・症状・超社交性の特徴に関する解説)
– [ウィリアムズ(Williams)症候群 概要|小児慢性特定疾病情報センター](https://www.shouman.jp/disease/details/04_56_073/)(症状の詳細)

