その夜、皇帝カリグラは機嫌が悪かった。
サイコロの目が、まったく自分に味方してくれない。手持ちの金貨がどんどん減っていく。席を立って気分転換に窓の外を見ると、身なりのいい騎士階級の男が二人、たまたま通りかかった。
カリグラはその場で衛兵を呼び、二人を逮捕させ、財産をまるごと没収させた。そして何食わぬ顔でゲームの席に戻り、「今日は最高についてる」と自慢げに語ったという。
――サイコロを振っていたのはカリグラなのに、負けを払わされたのは道を歩いていただけの他人。古代ローマのサイコロ遊びが「危険すぎる」と言われるのは、実はここに理由がある。
賭けていたのは、小銭から全財産まで
ローマ人が熱中したサイコロ遊びには、大きく二種類あった。
ひとつは「テッセラエ」。今のサイコロとほぼ同じ、骨や象牙でできた六面体を3個使う。もうひとつは「タリ」。羊や山羊のくるぶしの骨(距骨)をそのまま使う、四面しか目が出ない変則サイコロで、4個セットで振る。
最高の出目は「ウェヌスの一振り」、つまり美と愛の女神ヴィーナスの名がついた大当たり。逆に最悪の出目は「犬」と呼ばれた。勝てば歓声、負ければ「犬め」と野次られる。パンパンで見つかった落書きには、ある勝負師が855.5デナリウスを勝ち取ったと誇らしげに刻んだ記録まで残っている。
賭け金の幅も広い。居酒屋の片隅で数枚の硬貨を賭ける庶民の遊びから、貴族が邸宅で財産をまるごと賭けるようなハイステークスまで、規模はさまざまだった。

実は「違法」なのに、みんな平気でやっていた
ここでひとつ、意外な事実がある。ローマではサイコロ賭博は、基本的に違法だった。
何度も法律で規制されていて、見つかれば罰金(賭け金の4倍相当ともいわれる)、追放、そして「インファミア」と呼ばれる不名誉な身分への転落が待っていた。インファミアになると、証人になれない、公職に就けないなど、社会的な信用をごっそり失う。
唯一の例外が、12月のサトゥルナリア祭。この一週間だけは身分の上下が一時的にひっくり返り、奴隷が主人と並んでサイコロを振ることも許された。
とはいえ、実際には祭りの期間以外でも、居酒屋でも軍の駐屯地でも、みんな普通に賭けていた。取り締まりはほとんど機能していなかったのだ。詩人ホラティウスは、この遊びが若者を堕落させると苦言を呈しているが、法律があってもなくても、ローマ人はサイコロを手放さなかったらしい。
違法だからこそ、本当に「危険」だった
そしてここが一番の問題。賭博が違法ということは、賭け金をめぐるトラブルが起きても、法廷に訴え出ることができないということだ。
いかさまで負けても、泣き寝入りするしかない。だからこそ、いかさまの手口は驚くほど巧妙に進化した。
わざと2つの面に同じ数字を彫った偽サイコロ。中に鉛を仕込んで、狙った目が出やすくした重り入りサイコロ。そして2000年、ベルギーのアビ=ラ=ヴィエイユにあるガロ・ローマ時代の遺跡で、アマチュア考古学者が発掘中にひとつの骨サイコロを誤って割ってしまった。中から出てきたのは、なんと液体の水銀。振る直前にサイコロをわずかに傾けると、中の水銀が移動して狙った目を出しやすくする、当時としては最先端のいかさま道具だった。研究者いわく、ローマ時代の遺物としてはこの手の水銀入りサイコロは他に例がないという。オランダで見つかった別のサイコロ28個を調べたところ、実に24個が左右非対称、つまり細工済みだったという報告もある。

法律で守られない賭け事に、巧妙ないかさまが横行する。いかさまがバレれば、当然もめる。手を出す人間も出てくる。庶民にとってサイコロ遊びは、下手をすれば全財産どころか、名誉や自由まで危険にさらすギャンブルだった。
それでも皇帝たちは、堂々と遊んでいた
面白いのは、庶民が法律を気にしながらこっそり遊んでいたのに、頂点に立つ皇帝たちはまったく隠さなかったことだ。
初代皇帝アウグストゥスは、息子ティベリウスに宛てた手紙のなかで、こんなことをあっさり書いている。「昨日も今日も、まるで老人みたいにサイコロ遊びをした。『犬』か6の目が出るたびに、各自がプールに1デナリウス入れるルールだ」。そしてある日は2万セステルティウスも負けたことを認めつつ、「気前よく遊んだからね。それが自分の名誉になる」と、負けた自分にすら胸を張っている。娘には「夕食に招いた客がサイコロや丁半で遊べるように」と、わざわざ小遣いを送ったという記録も残る。
その次の皇帝クラウディウスに至っては、サイコロ必勝法についての専門書まで書いた。しかもそれだけでは飽き足らず、移動中の馬車にサイコロが転がり落ちない特製の盤を作らせ、旅先でもずっとゲームを続けていたらしい。
法律違反すれすれの遊びを、法律を作る側の人間が誰よりも熱心に楽しんでいたわけだ。

結局、危なかったのは「サイコロ」じゃなかった
冒頭のカリグラの話に戻ろう。
普通の市民がサイコロで負ければ、失うのは自分の懐か、良くて評判くらいのものだった。でも皇帝が負ければ、たまたま通りかかっただけの他人の財産が、理由もなく消えてしまう。
同じ盤の上で、同じ骨のサイコロを振っていても、負けたときに支払う代償はまったく平等ではなかった。ルールは同じでも、権力を持つ者と持たない者とでは、賭けているものの重さがまるで違う。古代ローマのサイコロ遊びが本当に「危険すぎた」のは、目の出方そのものより、むしろこの落差のほうだったのかもしれない。
出典・参考文献
- Suetonius, The Twelve Caesars(『皇帝伝』)Divus Augustus 71, Divus Claudius 33, Gaius Caligula 41
- The Conversation, “The ancients also worried about the risks of gambling. But even Roman emperors played dice”
- UNRV History, “Board Games, Dice Games and Gambling in Ancient Rome”
- IMPERIUM ROMANUM, “Gambling of ancient Romans”
- Sarah E. Bond, “‘Let the Snorter Be Covered in Soot’: Ancient Board Game Inscriptions”
- The Collector, “Luck and Cheating in Roman Gambling: The Die is Cast”
- Brussels Times, “Even the Romans cheat: Ancient mercury-filled dice discovered in Belgium”

