神話シリーズ・創世神話 第1回/全12回 世界の創世神話(1) なぜ人類は「巨人の身体」から世界を作った話を、示し合わせたように語るのか

インド

大洪水の次は、世界の「始まり」を追いかける

これまでこのブログでは、世界中の神話に驚くほど似た大洪水の記憶が残っている謎を、3回にわたって追いかけてきた。メソポタミア、旧約聖書、インド、中国、中南米、オセアニア——地理的に接点を持ちようがなかったはずの文明が、なぜか同じ「洪水と生存者」の物語を語り継いでいた。

世界の大洪水神話(1) なぜ人類は”神話”の中で同じ悪夢を見たのか
(神話シリーズ・大洪水神話 第1回/全3回)その一致に気づいたとき、研究者たちは鳥肌が立った想像してほしい。19世紀から20世紀にかけて、世界中の宣教師・探検家・人類学者たちが、それぞれ全く別の大陸で、現地の古老から伝承を聞き取っていた。メ…

今回から始まる新シリーズでは、その一歩手前——

「そもそも世界はどうやって始まったのか」を語る創造神話そのものに焦点を当てる。全12回をかけて、メソポタミア、聖書、ギリシャ、エジプト、日本、マオリ、マヤ、アステカ、アフリカ、北米という、地球上のほぼ全大陸の創造神話を一つずつ訪ねていく。

そして貫くテーマは大洪水神話シリーズと同じだ。なぜ、一度も接触したことのないはずの文明が、これほどよく似た物語の骨格を持っているのか。

今回はその手始めとして、世界の創造神話研究の中でも特に不気味な一致として知られる、「原初の巨人の身体から世界が作られる」という物語のパターンを追いかける。

「千の頭を持つ男」——インドに残る、最古級の創造神話

まず訪ねるのはインドだ。現存する人類最古の文献群の一つ『リグヴェーダ』(紀元前1500年〜1200年頃に成立したとされる)の第10巻90番目の讃歌は、「プルシャ・スークタ」(Purusha Sukta、「原人の讃歌」)と呼ばれている。

そこに描かれるプルシャは、想像を絶するスケールの存在だ。「千の頭、千の眼、千の足を持ち、大地をあらゆる方向から覆い尽くし、なお十本指分だけそれを超えて広がる」。過去・未来・現在のすべてを内包する、不死の存在として描写される。

物語はここから、思いがけない方向に進む。神々はこのプルシャを「供物」として祭り、儀式によって”解体”する。そしてその身体の一つ一つの部位から、世界を構成するあらゆるものが生まれ出る、というのだ。

讃歌が伝えるところでは、次のような対応関係になっている。

– 心(マナス)から月が

– 眼から太陽が

– 口からインドラ(雷神)とアグニ(火神)が

– 呼吸からヴァーユ(風神)が

– 臍から中間の大気(アンタリクシャ)が

– 頭から天(ディユ)が

– 足から大地が

– 耳から四方位が

生まれたとされる。さらに馬や、二列の歯を持つ家畜、牛、羊、山羊といった動物たちも、同じくプルシャの身体から生み出されたと歌われている。

そしてこの讃歌には、もう一つ、インド史において極めて大きな意味を持つ一節がある。プルシャの口からバラモン(祭司階級)が、両腕からクシャトリヤ(王族・戦士階級)が、両腿からヴァイシャ(庶民階級)が、両足からシュードラ(隷属階級)が生まれた、という記述だ。これは後世、インド社会における身分制度(ヴァルナ、いわゆるカースト制度の起源の一つ)を正当化する根拠として繰り返し引用されることになった一節であり、単なる古代の宇宙論を超えて、今日まで続く社会構造にまで影響を及ぼした、歴史的に重い意味を持つテキストでもある。

「盤古」——中国の巨人は、斧で天地を切り分けた

インドから遠く離れた中国にも、驚くほどよく似た構造の神話が伝わっている。主人公は盤古(ばんこ/パングー)。中国神話における創世の巨人だ。

現存する文献の中で盤古の物語を最初に記録したのは、三国時代(220年〜280年頃)の呉の学者・徐整が著したとされる『三五暦紀』だ。もっとも、盤古という名は三国時代より前の墓の副葬品にも見られるとの指摘があり、文献に定着するよりも前から、より古い口承として存在していた可能性が高いとされる。近年の研究では、この物語は本来、漢民族ではなく中国南部のオーストロアジア系・オーストロネシア系の少数民族に由来する伝承だったのではないか、という説も有力視されている。

物語はこうだ。天地がまだ分かれていなかった太古、世界は一つの巨大な「宇宙卵」のような、形のない混沌状態だった。その中では陰と陽という相反する二つの原理が拮抗しながら、約18,000年という途方もない歳月をかけて釣り合っていく。そしてその卵の中から、盤古が生まれ出る。

目覚めた盤古は、大きな斧を振るい、濁った陰(のちの大地)と澄んだ陽(のちの天)を引き裂いた。だが天と地は、放っておけばまた元に戻ろうとする。それを防ぐため、盤古は天地の間に立ち続け、両手で空を押し上げ続けた。伝承によれば、天は一日に三メートルずつ高くなり、地は一日に三メートルずつ厚みを増し、盤古自身もそれに合わせて一日に三メートルずつ背丈を伸ばしていった。この状態が、さらに1万8千年続いたという。

そして力尽きた盤古が死んだとき、その巨体は世界そのものに変わっていく。息は風と雲に、声は雷鳴に、左目は太陽に、右目は月に、手足と胴体は大地の四方の果てと山々に、血液は川に、筋肉は肥沃な土地に、髭と髪は星々と天の川に、体毛は草木に、歯と骨は鉱物に、骨髄は宝石に、そして流れた汗は雨になった、と伝えられている。

盤古はどこから来たのか——独自起源説と伝播説の対立

盤古について、もう一つ触れておきたい論点がある。この物語が「どこで生まれたのか」をめぐる、研究者間の見解の対立だ。

一つの立場は、盤古神話はもともと中国南部に住んでいた、漢民族とは異なる少数民族(オーストロアジア語族・オーストロネシア語族系の諸民族)に伝わっていた土着の伝承であり、それが後になって漢民族の文献に取り込まれた、という説だ。ハーバード大学のヴィツェルもこの立場に近い見方を示している。

もう一つの立場は、盤古神話はインドから中国へ「輸入」された物語ではないか、というものだ。この説の根拠になっているのは、盤古の物語が文献に現れるのが3世紀の徐整『三五暦紀』が最初であり、それより古い時代の中国の文献(たとえば孔子や老子の時代の書物)には一切登場しない、というタイミングの不自然さだ。ちょうどこの時期は、シルクロードを通じて仏教とともにインドの宇宙論が中国へと流れ込み始めていた時期と重なる。身体の各部位から世界が生まれるという筋書きが、次の項で見るインドのプルシャ・スークタとあまりに似ていることもあり、「盤古は、仏教伝来のルートに乗ってインドから中国へ伝わったプルシャ神話が、中国風に翻案されたものではないか」という伝播説を唱える研究者も存在する。

どちらの説が正しいのか、現時点で決着はついていない。だがこの論争自体が、次に見ていくヴィツェルの仮説の”射程”を測るうえで、実は重要な意味を持っている。

北欧のユミルも、実は同じ型だった

ここまで読んで、ピンときた方もいるかもしれない。本ブログでは大洪水神話シリーズの番外編(2)で、北欧神話の原初の巨人ユミルの物語を詳しく取り上げた。オーディンら三兄弟の神に殺されたユミルの身体から、頭蓋骨は天空に、骨は山々に、肉は大地に、血は海になった——という、あの物語だ。

インドのプルシャ、中国の盤古、そして北欧のユミル。三者とも、①原初に存在した巨大な存在が、②何らかの形で命を落とし(あるいは自ら世界を分かつために力を使い果たし)、③その身体の各部位が、太陽・月・大地・山・川・海・植物といった、世界を構成する具体的な要素に一つ一つ対応しながら変わっていく——という、驚くほど精密に一致した構造を持っている。

しかもこの三つの伝承は、互いに地理的な接点を持ちようがない。インドのヴェーダ文献が成立したのは紀元前1500年頃の中央〜南アジア、中国の盤古伝承が文献に残ったのは3世紀の江南、そして北欧のユミル神話が『エッダ』としてまとめられたのは13世紀のアイスランドだ。時代にして2000年以上、地理にしてユーラシア大陸の東西の端という隔たりがある。

## まず疑うべきは、もっと”手堅い”説明ではないか

ここまで読むと、すぐにでも「人類共通の太古の神話」というスケールの大きな結論に飛びつきたくなる。だが、比較神話学の世界では、まずもっと手堅い説明から検討するのが定石だ。

実はインドのプルシャには、もう一人、よく似た”兄弟”がいる。ゾロアスター教(古代ペルシャの宗教)の聖典に登場するガヨーマルドだ。伝承によれば、ガヨーマルドは原初の人間であり、悪の精霊アフリマンによって殺される。するとその亡骸から、金属や鉱物、そして人類そのものが生まれ出たとされる。

北欧のユミル、インドのプルシャ、ペルシャのガヨーマルド。この3つに共通するのは、実はもう一つの重要な事実がある。古ノルド語、サンスクリット語、古代ペルシャ語(アヴェスター語)は、いずれも「インド・ヨーロッパ語族」という一つの祖語から枝分かれした、言語学的に親戚関係にある言語だという点だ。

この事実に着目し、20世紀フランスの神話学者ジョルジュ・デュメジルや、その学説を発展させた米シカゴ大学のブルース・リンカーンは、「原初の巨人(あるいは原初の人間)が犠牲にされ、その身体から世界や社会階級が生まれる」という物語のパターンを、”インド・ヨーロッパ祖語族”が共通して持っていた、一つの神話として再構成できるのではないか、と論じてきた。彼らの研究では、犠牲者の身体の部位が、そのまま古代インド・ヨーロッパ社会に特徴的な「祭司」「戦士」「生産者(庶民・牧畜民)」という3つの社会階級(デュメジルの言う”三機能”)の起源として語られている点も、重要な手がかりとされている。実際、プルシャ・スークタのヴァルナの記述(口からバラモン、腕からクシャトリヤ、腿からヴァイシャ)は、まさにこの型にぴったり当てはまる。

この「インド・ヨーロッパ祖語族に共通する神話」という説明は、共通の祖語を持つ集団が共通の神話も持っていた、という比較的シンプルで手堅い仮説だ。ユミル・プルシャ・ガヨーマルドの3つだけであれば、この説明で十分に片がつく。

## では、インド・ヨーロッパ語族ではない盤古は、どう説明するのか

ところが、ここで厄介なのが盤古の存在だ。中国語は言語学的にインド・ヨーロッパ語族には属さない(シナ・チベット語族に分類される)。もし盤古神話が、前の項で触れた「インドからの伝播」によって生まれたのだとすれば話は単純だ——結局のところ盤古も、大元をたどればプルシャ、つまりインド・ヨーロッパ語族の神話の”孫”だった、ということになる。

だが、もし盤古神話が本当に中国南部の土着の少数民族に古くから伝わっていた独自の伝承であり、インドとは無関係に生まれたのだとしたら——言語的にも地理的にも縁もゆかりもないはずの二つの神話が、なぜこれほど似た構造を独立に生み出したのか、という、はるかに大きな謎が残ることになる。

ハーバード大学の学者が唱えた、大胆な仮説

この「バラバラなはずなのに、あまりに似すぎている」という不気味さに、正面から理論的な説明を試みた学者がいる。ハーバード大学でサンスクリット語・比較神話学を専門とするミヒャエル・ヴィツェル(Michael Witzel)だ。

ヴィツェルは2012年に出版した大著『世界の神話の起源』(The Origins of the World’s Mythologies、オックスフォード大学出版局)の中で、「ローラシア神話」(Laurasian mythology)という仮説を提唱した。「ローラシア」とは本来、太古の超大陸(現在のユーラシア大陸と北米大陸のもとになった地塊)を指す地質学用語だが、ヴィツェルはこれを神話研究に転用し、次のように主張する。

——ユーラシア大陸から南北アメリカ大陸にかけて広く分布する神話群には、「無(あるいは混沌)からの世界創造 → 神々の世代交代 → 英雄の時代 → 現在、そしていずれ訪れる終末」という共通の”物語の骨格”が見て取れる。この骨格は、旧石器時代に東アフリカを出た現生人類の一部が、ユーラシアへと拡散していく過程で共有し、運び続けてきた、非常に古い神話の伝統に由来するのではないか——というのが、ヴィツェルの中心的な主張だ。

そしてこの仮説の中で、プルシャ・盤古・ユミルのような「原初の巨人の身体から世界が作られる」というモチーフは、ローラシア神話に共通して見られる代表的な”部品”の一つとして位置づけられている。ヴィツェルはこの一致を、神話学者ジョルジュ・デュメジルの言葉を借りて「奇妙な符合」(bizarrerie)と表現し、物語の筋としては特に必然性のない、あまりに具体的で細部まで一致した符合こそが、独立発生では説明しづらく、共通の非常に古い神話層の存在を示唆する証拠になり得ると論じている。

ヴィツェルの議論はさらに、ローラシア神話に対比される「ゴンドワナ神話」という区分にも及ぶ。これは、サハラ以南のアフリカ、オーストラリア先住民、パプアニューギニアなど、より早い時期にアフリカを出た(あるいはユーラシアへの拡散ルートに合流しなかった)集団に伝わる神話群を指し、ローラシア型のような一直線の”創造から終末まで”を語る構造を持たず、個々のエピソードが並列的に語られる傾向がある、とヴィツェルは主張している。

ただし、あらかじめ断っておかなければならないことがある。この「ローラシア神話」「ゴンドワナ神話」という枠組みは、あくまでヴィツェル自身が提唱した一つの仮説であり、比較神話学の世界で全面的に受け入れられているわけではない。特に、地理的にも文化的にも極めて多様なサハラ以南アフリカやオセアニアの神話群を「ゴンドワナ型」として一括りにする分類の仕方に対しては、複数の研究者から「単純化しすぎている」「個々の伝承の独自性を見えなくしてしまう」といった批判も寄せられている。本シリーズでは、この仮説を「一つの有力な補助線」として参照しつつ、あくまで伝承・学説の一つとして扱い、断定的な結論としては提示しないことをお断りしておきたい。

この後の11回で、何を追いかけるのか

今回見てきた「巨人の身体から世界が生まれる」というパターンは、実は世界の創造神話に見られるいくつかの”型”のうちの一つに過ぎない。比較神話学の分類では、ほかにも次のような型が知られている。

– 混沌の中から神々が戦って世界の秩序を作る「戦闘型」(メソポタミアの『エヌマ・エリシュ』など)

– 言葉や意志だけで世界を生み出す「言葉による創造型」(旧約聖書の創世記など)

– 天と地がもともと一体で、それを引き裂くことで世界ができる「天地分離型」(エジプトのゲブとヌト、マオリのランギとパパなど)

– 何もない水面に潜って泥を持ち帰り、そこから大地を広げていく「潜水型」(北米ハウデノサウニーの神話など)

– 一度作った人間が失敗作で、何度も作り直す「試行錯誤型」(マヤの『ポポル・ヴフ』など)

– 世界が周期的に滅び、そのたびに新しく作り直される「周期的再創造型」(アステカの「五つの太陽」など)

次回からは、メソポタミアの『エヌマ・エリシュ』を皮切りに、これらの”型”を一つずつ具体的な神話とともに巡っていく。そして全12回の最後には、なぜ人類はこれほどまでに似た型を使って世界の始まりを語ってきたのか——偶然の一致なのか、共通の祖先を持つ神話が伝播した結果なのか、それとも人類という種に共通する認知・心理構造がそうさせるのか——という、決着のついていない大きな論争そのものに向き合う。

長い旅になるが、じっくり付き合っていただければと思う。

## 出典・参考情報源

– リグヴェーダ10.90「プルシャ・スークタ」の内容(身体各部位からの創造、ヴァルナの記述含む): [Rig Veda 10.90 (Purusha Sukta) — Sanatan Dharma](https://sites.google.com/view/sanatan-dharma/rg-veda-10-90-purusha-sukta)、[Rig Veda 10.90.1 English Translation — Wisdomlib](https://www.wisdomlib.org/hinduism/book/rig-veda-english-translation/d/doc839599.html)

– 盤古神話の文献成立(徐整『三五暦紀』、三国時代)、宇宙卵、天地分離、身体各部位からの世界創造: [Wikipedia: Pangu](https://en.wikipedia.org/wiki/Pangu)、[Pangu — Mythopedia](https://mythopedia.com/topics/pangu/)、[Pangu (deity) — EBSCO Research Starters](https://www.ebsco.com/research-starters/religion-and-philosophy/pangu-deity)

– ミヒャエル・ヴィツェルの「ローラシア神話」説、プルシャ・盤古・ユミルの比較、「bizarrerie」という表現: [Michael Witzel, “Ymir in India, China, and Beyond” — Harvard University Center for Hellenic Studies](https://chs.harvard.edu/chapter/michael-witzel-ymir-in-india-china-and-beyond/)

– ヴィツェル『世界の神話の起源』(2012年、オックスフォード大学出版局)への学術的な書評・留保: [Review of Witzel, The Origins of the World’s Mythologies — Academia.edu](https://www.academia.edu/5251193/Review_of_Witzel_The_Origins_of_the_Worlds_Mythologies_2013_)

– インド・ヨーロッパ語族の「宇宙的巨人」モチーフ(ユミル・プルシャ・ガヨーマルド)、デュメジル・ブルース・リンカーンの三機能仮説: [Wikipedia: Indo-European cosmogony](https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-European_cosmogony)

– 盤古神話の起源論争(中国南部少数民族由来説 vs インドからの仏教伝播説): [Wikipedia: Pangu](https://en.wikipedia.org/wiki/Pangu)、[Pangu’s Birth and Death as Recorded in a Tang Dynasty Buddhist Source — ResearchGate](https://www.researchgate.net/publication/293305512_Pangu’s_Birth_and_Death_as_Recorded_in_a_Tang_Dynasty_Buddhist_Source)

– 北欧神話ユミルの身体からの世界創造(既出): 本ブログ「世界の大洪水神話 番外編(2) ユミルの血の海」参照

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました