「聖書」という名前は知っていても、「そもそも聖書って何が書かれているの?」「創世記ってどんな話?」と聞かれると、意外と説明するのは難しいものです。
聖書は、キリスト教だけでなく、ユダヤ教とも深く関係している、とても古い書物です。その中でも最初に置かれているのが「創世記」です。
創世記の最初には、世界がどのように始まったのかを語る「天地創造」の物語が出てきます。今回は、できるだけ難しい言葉を使わずに、この話が何を伝えようとしているのかを見ていきます。
聖書は、一冊の本のように見えますが、実際には長い年月をかけて書かれた多くの文書を一つにまとめたものです。
聖書は大きく分けると、旧約聖書と新約聖書に分けられます。そしてそれぞれは小さな書物が集められて編纂されたものです。 旧約聖書には世界の始まり、人類の誕生、イスラエルの民の歴史や神との関係などが書かれています。
旧約聖書の一番最初にあるのが**「創世記」です。
創世記という名前には、「始まり」「起源」という意味があり、「世界はどのように始まったのか」「人間はどこから来たのか」といった、非常に大きなテーマが登場します。
創世記の天地創造とは?
創世記の天地創造に関する記述を一つづつ見ていきましょう。
創世記1章 神による「六日間の創造」です。
創世記の天地創造を、現代の科学の教科書のように読むかどうかについては、キリスト教の中でもさまざまな考え方があります。
創世記が書かれた時代には、現在のような科学的な宇宙論や進化論はありませんでした。
そのため、この物語を理解するときには、「何月何日に何が起きたのか」という説明だけではなく、「この物語は何を伝えようとしているのか」を見ることが大切なのかもしれません。
1日目――光
最初、世界は「形がなく、何もない」ような状態として描かれています。
そこに神が「光あれ」と言うと、光が生まれます。
神は光と闇を分け、光を「昼」、闇を「夜」と呼びました。
これが第一日目です。
まだ太陽や月が登場していないことも、創世記の天地創造の特徴の一つです。
2日目――空
次に神は、水と水の間を分けるようにして「大空」を造ります。
ここでいう「大空」は、現代の感覚でいう空や天にあたるものです。
こうして世界に空間が生まれます。
3日目――陸地と植物
三日目には、水が集められて陸地が現れます。
神は陸地を「地」、集まった水を「海」と呼びました。
さらに、地面から草や植物、木々が生えるようになります。
つまり、ここで生命を支える大地と植物が登場します。
4日目――太陽、月、星
四日目には、太陽や月、星が造られます。
太陽は昼を、月や星は夜を照らすものとして置かれます。
聖書では光が先に登場して太陽や月がその後作られていて現代の科学の説明とは異な流ことを示す例の一つとなっています
5日目――魚と鳥
五日目になると、海に魚などの生き物が、空には鳥が造られます。
神はそれらを祝福し、「増えよ」と命じます。
ここから世界には、植物だけでなく動物の生命も満ちていきます。

6日目――動物と人間
六日目には、陸上の動物が造られます。そして最後に、人間が造られます。
創世記では、人間は他の生き物とは少し違った存在として描かれています。
神は人間を「神のかたち」に似せて造った、とされています。
まず男性がつくられ、その後男性を助けるものとして女性が作られます。
男性には地上の生き物を治める役割が与えられ生き物に名前をつけ始めます。
一般的にはこれは聖書における人間観が表れていると言われています。
つまり、聖書においては人間は単なる動物の一種としてではなく、神との特別な関係を持つ存在として描かれていると言えます。
7日目――休む
そして七日目。
神は創造の仕事を終え、その日を祝福して聖なるものとしました。
これが「安息日」のもとになる考え方です。
六日間働いて七日目に休むというリズムは、後のユダヤ教において非常に重要な意味を持つようになります。
天地創造の物語が伝えていること
大きなポイントの一つは、世界は偶然に存在しているのではなく、神によって秩序を与えられたものだという考えです。
創世記では、神が「分ける」「名づける」「整える」ということを繰り返します。
光と闇、昼と夜、海と陸などが区別され、そこに植物や動物、人間が配置されていきます。
何もない混沌とした状態から、秩序ある世界が作られていくのです。
また、創造されたものを神が見て「良い」と評価していることも重要です。
これは、聖書の世界観では、神が造った世界そのものには価値があるということを示しています。
そして、人間には世界を管理する責任が与えられています。
そのため、天地創造は単に「昔、世界がこうやって作られました」という昔話ではなく、「人間は世界とどう関わるべきなのか」という問題にもつながっていきます。
創世記は「世界の始まり」だけの物語ではない
創世記を読み進めると、天地創造の後にはアダムとエバ、ノアの箱舟、バベルの塔、アブラハムなど、よく知られた物語が次々と登場します。
もう一つ覚えておきたいのは聖書が書かれた時代背景です。バビロン捕囚という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
紀元前6世紀ごろユダ王国はバビロニア王国に攻められ、エルサレムが陥落し、多くのユダヤ人がバビロンへ連れて行かれました。
故郷を追われた人にとって、なぜ自分たちは国を失ったのか?自分たちは神に選ばれた民なのになぜこのような目に遭うのか?自分たちの神は本当に神なのか?世界は誰が作ったのだ?
そんな疑問は切実なものだったでしょう。そこで創世記で語られる天地創造は、支配しているのはバビロンの神々ではなく天地を創造したイスラエルの神であるという信仰に繋がったことでしょう。
さらに創世記で神が造ったとされる海や太陽、月などは古代の周辺文化の中ではそのような自然物は神として崇拝される対象でした。
その点を鑑みると、天地創造には 「自分たちは国を失った しかし、私たちの神が世界を支配する神であることに変わりはない」という信仰を支える意味合いもあったのかもしれません。

しかしながら、聖書はとても長い時間をかけて書かれており、古くから伝えれれてきた物語や伝承、そしてバビロン捕囚のような重大な出来事などの歴史的な経緯も影響して書かれたと考えられます。

