今回も”巨人の体”は出てくる。でも、事情がまったく違う
前回、インドのプルシャ、中国の盤古、そして北欧のユミルという、原初の巨大な存在の体から世界が作られる神話を追いかけた。今回向かうのはメソポタミア、バビロニアの都で語られた創造叙事詩『エヌマ・エリシュ』だ。
先に種明かしをしておくと、この物語でも世界は”体”から作られる。
だが前回見た3つの物語とは、決定的に事情が違う。プルシャは供物として捧げられ、盤古は力を使い果たして息絶え、ユミルは経緯こそ語られないものの静かに殺される。
一方『エヌマ・エリシュ』で世界の材料になるのは、殺された”敗者”の体だ。それも、実の孫たちとの、血みどろの戦争に敗れた末の話だ。
前回の記事の最後で触れた通り、比較神話学ではこれを「戦闘型」の創造神話と呼ぶ。世界は静かに用意されたのではなく、神々の内輪もめ――もっと言えば下剋上――の戦利品として生まれた、という物語だ。今回はこの『エヌマ・エリシュ』を、粘土板に刻まれた原典の筋書きに沿ってじっくりたどっていく。
何もなかった場所に、二つの水があった
『エヌマ・エリシュ』というタイトルは、粘土板本文の書き出しの言葉そのものだ。アッカド語で「上に(エヌマ)/ときに(エリシュ)」、つまり「はるか昔、上のほうに」という意味を持つ。この物語は7枚の粘土板に分けて刻まれており、現在知られているものは紀元前7世紀、アッシリアの都ニネヴェにあったアッシュールバニパル王の図書館の蔵書として発見された写本が中心になっている。
物語の冒頭、まだ天にも地にも名前がなく、何も存在していなかった時代が語られる。そこにあったのはただ二つの原初の水だけだった。淡水の神アプスー(男性)と、海水――塩水の女神ティアマト(女性)だ。この二つの水が混じり合うことで、最初の神々の世代が生まれてくる。
そこからさらに世代が重なり、アヌ(天空神)、そしてエア(知恵の神、後にエンキとも呼ばれる)といった若い神々が次々と誕生していく。神々の家系図は世代を重ねるごとに賑やかになっていくが、それに比例して、ある問題が深刻になっていく。若い神々の”騒がしさ”だ。
若い神々の騒音と、殺されるアプスー
粘土板はこう伝える。若い神々は動き回り、踊り、騒ぎ立てた。その騒音は、静けさを好むアプスーの安眠を妨げるほどだった。腹を立てたアプスーは、腹心の宰相ムンム(Mummu)を連れて、妻ティアマトのもとへ相談に行く。「この子どもたちを滅ぼし、静けさを取り戻そう」。
ティアマトは当初、この提案に難色を示す。自分たちが生み出した子孫を、自らの手で滅ぼすことへのためらいだ。だがアプスーとムンムは計画を進めてしまう。
この陰謀を察知したのが、知恵の神エアだった。エアは強力な呪文を唱え、アプスーを深い眠りに落とし、その眠りの中でアプスーを殺害する。
宰相ムンムも捕らえられ、鼻に鎖を通されて拘束される。エアはこうして手に入れたアプスーの体――原初の淡水――の上に自らの住まいを築き、そこを「アプスー」と名付けた。そしてこの場所で、エアとその妻の間に、この叙事詩における真の主人公――マルドゥクが誕生する。
粘土板は、生まれたばかりのマルドゥクをこう描写する。四つの目、四つの耳を持ち、口を開けば火が燃え上がり、四方に聞こえるほどの声を持つ、誰よりも大きく、誰よりも強い神として。この時点で早くも、マルドゥクが並外れた存在として位置づけられていることが分かる。
母ティアマトの復讐と、怪物の大軍
夫アプスーを殺されたティアマトのもとに、他の神々が集まってくる。彼らはティアマトをたきつけ、我が子を殺したエアたちへの復讐を促す。当初は乗り気でなかったティアマトも、ついに態度を変え、自ら軍勢を率いて若い神々に戦いを挑む決意を固める。
ティアマトが用意した軍勢は尋常ではない。毒蛇、獰猛な竜、ラハムー(巨大な怪物)、猛牛の姿をした怪物、サソリ人間、暴風の魔神、魚人間、雄羊の姿をした怪物――11種類とも言われる怪物たちを次々と生み出し、軍団に編成する。
そしてティアマトは、この軍勢を率いる総司令官として、新たな配偶者キングーを選ぶ。キングーにあらゆる神々の権威を象徴する「運命の書板(タブレット・オブ・デスティニーズ)」を授け、自らの胸に抱かせるようにして、彼を全軍の最高司令官に据える。
この書板を持つ者が、宇宙の運命そのものを支配する――そういう強大な力の象徴だ。
ティアマトの軍勢はいよいよ、他の神々にとって手に負えない脅威として立ちはだかることになる。
誰も名乗り出ない――マルドゥクが出した条件
ティアマトの軍勢の噂を聞いた若い神々は、恐怖に陥る。
長老格の神アンシャルは、まずエアに、次に天空神アヌに、ティアマトとの交渉、あるいは対決を打診するが、二人とも恐れをなして引き下がってしまう。誰も、ティアマトに立ち向かおうとしない。
そこで白羽の矢が立ったのが、エアの息子であり、この叙事詩の主人公マルドゥクだった。マルドゥクは戦いを引き受けることに同意する。
ただし、無条件ではない。彼は神々の会議「集会」を招集させ、そこで一つの条件を突きつける。「もし私がティアマトを倒し、あなたがたを救ったなら、私を神々の中の最高位――万物を統べる王としてほしい」。
神々はこの条件を受け入れ、マルドゥクの力を試すための、象徴的な儀式を行う。神々の中央に星座(あるいは衣)を置き、マルドゥクに「これを、言葉だけで消し、そしてまた元に戻してみせよ」と求める。マルドゥクが言葉を発すると星座は消え、再び言葉を発すると星座は元通りに現れる。この実演を見た神々は歓喜し、正式にマルドゥクを自分たちの王として認め、「我らの主はマルドゥクである」と宣言する。ここに、若い神々の中の一人に過ぎなかったマルドゥクが、パンテオン全体の頂点に立つという、物語上の下剋上が成立する。

決戦――ティアマトの口に吹き込まれた風
王としての権威を得たマルドゥクは、いよいよティアマトとの決戦に臨む。弓矢、こん棒、そして網を武器として携え、体の周囲を炎で包み、東西南北・そしてそれ以外の方角から吹く「四つの風」、さらに彼のためだけに作られた特別な暴風「インフルル(邪悪な風)」を意のままに操りながら、雷を伴う嵐の戦車に乗り込む。戦車を引くのは、恐るべき四頭立ての馬だ。
両者は対峙する。ティアマトはマルドゥクを一息に飲み込もうと、大きく口を開ける。マルドゥクはその隙を逃さず、操っていた邪悪な風をティアマトの開いた口へと送り込む。風で腹を膨らまされたティアマトは口を閉じることができなくなる。マルドゥクはその隙に矢を放ち、ティアマトの腹――心臓を貫く。ティアマトは絶命する。
司令官として立たされていたキングーと、ティアマトが生み出した怪物の軍勢は、指揮官を失ってなすすべなく捕らえられる。マルドゥクはキングーから「運命の書板」を奪い取り、それを自らの胸に据える。宇宙の運命を左右する権能は、こうして正式にマルドゥクの手に渡る。
ティアマトの体から作られる世界
戦いに勝利したマルドゥクは、ティアマトの巨大な亡骸に歩み寄り、それを「干した魚のように」――粘土板の表現では貝のように――真っ二つに引き裂く。
その半分を持ち上げ、天として据える。マルドゥクはそこに門と見張りを配置し、内側に閉じ込められた原初の水――ティアマトの体そのものである天の水――が漏れ出さないよう管理させる。
もう半分は大地として下に据えられる。ティアマトの目からはチグリス川とユーフラテス川が、頭からは山々が、乳房からは山脈が、尻尾からは天の軸が、唾からは雲が、それぞれ形作られたと粘土板は伝える。マルドゥクはさらに天に星々の”宿”を定めて暦の基礎を築き、月と太陽の運行を定め、昼と夜の秩序を作り上げていく。
一人の女神の体が引き裂かれ、天と地という宇宙の骨格そのものに姿を変える――前回見たユミルやプルシャの物語と同じ発想の”身体からの世界創造”が、ここでは戦争の戦利品という、まったく異なる文脈の中で行われている。

人間は、処刑された反逆者の血から作られた
世界を作り終えたマルドゥクは、次の課題に取り組む。神々はこれまで、自分たちの食料を得るための労働――土を耕し、川を管理する仕事――を自ら担ってきた。
マルドゥクはこの労苦を神々から解放するため、彼らに代わって働く存在、人間を作ることを提案する。
反逆者の血から、彼らに代わって働く存在、人間を作る
その材料として選ばれたのが、ティアマトの反乱を先導したとされる首謀者――キングーだった。神々の会議はキングーを反乱の張本人として特定し、彼を処刑することを決定する。切られたキングーの血管から流れ出た血に、粘土を混ぜ合わせることで、知恵の神エアの手によって、最初の人間が作られる。人間は神々に代わって労働を担うために、反逆者の血から生み出された存在として、この物語に登場する。
番外編1のマヌの物語では、人類はたった一人生き残った人間の祈りと苦行から生まれた。番外編2のユミルの物語では、人間は洪水とはまったく無関係に、漂着した木材から作られた。
今回の『エヌマ・エリシュ』では、人間はそのどちらとも異なり、処刑された反逆者の血――しかも神々の労役を肩代わりさせるという、はっきりとした”使用目的”を伴って作られている。
同じ「原初の存在の体(あるいは血)から人間や世界が生まれる」という骨格を持ちながら、そこに込められた意味づけは、伝承ごとにまったく違う顔を見せる。
バビロンの誕生と、マルドゥクの50の名前
世界と人間を作り終えたマルドゥクに、神々は感謝を示す。彼らはマルドゥクのために地上に住まいを築くことを申し出て、レンガを積み上げ、バビロンの都と、その中心にそびえる神殿エサギラを建設する。神々はこの都に集い、マルドゥクの王権を祝う宴を催す。
そして叙事詩の最後、第6・第7の粘土板は、集まった神々が声をそろえてマルドゥクに50の名前を授けていく、長い場面に費やされる。
この50の名前の一つひとつには、本来は他の神々――アヌ、エンリル、エアといった、それまでパンテオンの中心にいた神々――が持っていた称号や権能が織り込まれている。つまりマルドゥクは、他の主要な神々の力と役割を、名前という形で自らのうちに一つずつ吸収していく。物語はこうして、マルドゥクが名実ともにパンテオンの頂点に立ったことを宣言しながら幕を閉じる。
もう一歩の深掘り――この物語は、いつ、何のために書かれたのか
ここからは今回の記事の核心、少しマニアックな学術的論争の話をしたい。『エヌマ・エリシュ』というテキストが、実際にはいつ頃、何のために書かれたのかという問題だ。
長らく一般向けの解説では、この叙事詩はハンムラビ王(紀元前18世紀ごろ)の時代――バビロンが小さな都市国家から大帝国へと急成長した時期――に、その政治的な地位の急上昇を神話として正当化するために作られた、という説明がなされてきた。マルドゥクが神々の頂点に立つ物語と、バビロンが政治的に台頭する現実が、きれいに重なって見えるからだ。
だが専門的なアッシリア学の研究では、このハンムラビ時代説は現在ではむしろ支持を失っている。研究者の多くが有力視しているのは、それよりずっと後の時代――「イシン第二王朝」の時代、具体的には紀元前12世紀ごろ、王ネブカドネザル1世(旧約聖書に登場する後代の同名の王とは別人)が、宿敵エラムに奪われていたマルドゥクの神像を奪還したという出来事を契機に、マルドゥクが正式に「神々の王」と呼ばれるようになった時期だ、とする見方だ。研究者W・G・ランバートの研究に基づくこの説が、現時点でのアッシリア学における有力な立場とされている。
ただし、この年代についても完全に決着しているわけではない。研究者ヴァルター・ゾマーフェルトは、これとは異なりカッシート王朝期(イシン第二王朝よりもさらに古い時代)への年代づけを提案しており、ランバート自身がこれに反論するなど、専門家の間でも意見が分かれている。
加えて、現存する最古の写本自体が紀元前7世紀のアッシュールバニパル王図書館のものであるため、そもそもオリジナルがいつ、誰の手で書かれたのかを直接特定する手がかりは限られている。この叙事詩の正確な成立年代は、今なお研究者の間で議論が続く、決着のついていない問題だと理解しておくのが誠実だろう。
年代がいつであれ、共通して指摘されているのは、この物語が持つ政治的な機能だ。マルドゥクの最高神としての地位から、バビロンの支配者が地上を統べることが自然な帰結として導かれる――そういう構造を、この叙事詩は持っている。そして『エヌマ・エリシュ』は書庫にしまわれたテキストではなかった。
バビロンでは春の新年祭「アキトゥ祭」の期間中、ニサン月4日の夜に、この叙事詩の全編がマルドゥク神殿で神官によって朗誦される習わしがあった。祭りでは王自身がマルドゥク像の前でひざまずき、いったん王権の象徴を取り上げられたのち、再び授けられるという儀式を経る。
天地創造の物語と、王権の正統性を確認する儀式が、毎年同じ祭りの中で分かちがたく結びついていたわけだ。つまりこの神話は、単なる過去の出来事の記録ではなく、バビロンの支配を毎年あらためて”上演”し続けるための、生きた政治的テキストとして機能していたことになる。
おまけ――マルドゥクの下剋上は、遠くユダの地にも影響したかもしれない
もう一つ、確定した通説ではないが興味深い指摘として触れておきたい。
研究者ワイン・ホロウィッツらは、マルドゥクがそれまでの主神アヌやエンリルを退けて頂点に立つという『エヌマ・エリシュ』の構図が、後代――バビロン捕囚を経験したユダヤの人々の神学にも、間接的な影響を与えた可能性を指摘している。
具体的には、ユダヤ教の新年祭ローシュ・ハシャナーで唱えられる「マルクヨット(神の王権を讃える祈祷文)」の表現に、ヤハウェを”すべての神々の王”として即位させるという、『エヌマ・エリシュ』的な王権表現の影響が見て取れるのではないか、という仮説だ。これはあくまで一つの学術的な仮説であり、確立した定説ではない点は付け加えておきたいが、もしそうだとすれば、遠く離れた宗教的伝統の間で、王権の語り方そのものが伝播していた可能性がある、という意味で興味深い論点だ。

次回予告
次回は舞台を旧約聖書へ移す。「はじめに、神は天と地を創造された」――言葉だけで世界を生み出す、創世記の創造神話だ。実はこの創世記の冒頭、今回見た『エヌマ・エリシュ』の混沌の海(ティアマト、アッカド語でTiamat)と、創世記でよく似た響きを持つヘブライ語「テホーム(深淵、水)」との関係をめぐって、聖書学者たちの間で長年続いてきた比較論争がある。バビロンの戦闘型の創造神話と、聖書の言葉による創造神話――この二つが、本当に無関係なのかどうかを、次回じっくり見ていきたい。
出典・参考情報源
- Enuma Elish 全文(粘土板1〜7の英訳、アプスー殺害・マルドゥク誕生・ティアマトとの決戦・世界創造・人間創造・50の名前を含む): Enuma Elish – The Babylonian Epic of Creation – Full Text – World History Encyclopedia
- アキトゥ祭の期間中のエヌマ・エリシュ全編朗誦、ニサン月4日の儀式、王の一時的な王権剥奪と再授与: The Akitu Festival – Gateways to Babylon
- 成立年代論争(ハンムラビ時代説の後退、イシン第二王朝/ネブカドネザル1世説、ランバートの研究、ゾマーフェルトのカッシート朝説とその反論)、古バビロニア時代のマルドゥクの地位: Enûma Eliš – Wikipedia
- ハンムラビ時代のバビロン台頭とイデオロギー的正当化、アキトゥ祭での上演によるプロパガンダ機能: Enuma Elish: Discover the Babylonian Poem of Creation – TheCollector
- マルドゥクの政治的台頭とユダヤの新年祭「マルクヨット」祈祷文への影響仮説(ワイン・ホロウィッツの研究): Enuma Elish, Babylonia’s Creation Myth, and the Enthronement of Marduk – TheTorah.com
※成立年代については、ハンムラビ時代説・イシン第二王朝説・カッシート朝説のいずれも研究者間で完全な合意には至っていない。本文では現時点でより有力とされる説を軸にしつつ、断定を避ける書き方を維持している。
※マルクヨット祈祷文への影響仮説は、あくまで一部研究者による比較宗教学的な仮説であり、確立した定説ではない。

