「せっせっせーの、よいよいよい」
想像してほしい。
二人一組で向かい合い、両手を合わせながら
「せっせっせーの よいよいよい」 「おちゃらか おちゃらか おちゃらか ほい」
リズムに合わせて掛け声をかけ、最後にじゃんけん。勝てば万歳、負ければうつむき、あいこなら腰に手を当てる——今も保育園や公園で定番のこの遊び、実は語源をめぐって、まったく毛色の違う二つの説が語られている。
シリーズ最終回となる今回は、この「おちゃらかほい」を入り口に、これまで見てきた7つの童歌を振り返ってみたい。
「ちゃらか」は、安物の茶器だった?
一つ目の説は、言葉そのものの由来に注目するものだ。江戸時代、茶の湯で使われる茶碗や茶器の中で、あまり価値が高くない、軽く扱われるものを指して「茶らか(ちゃらか)」と呼んだとされる。
「おちゃらける」「ちゃらんぽらん」といった、今も使われる軽薄さを表す言葉のルーツも、ここにあるという見方だ。
茶らか おちゃらける ちゃらんぽらん
この説に立てば、「おちゃらかほい」は単に「ふざけながら、軽やかに」遊ぶ様子を表した言葉遊びだということになる。
もう一つの説:遊女を競わせた、旦那の遊び
二つ目の説は、もう少し込み入っている。
この歌の主人公は、貧困のために身売りされた遊女たちだとする見方だ。
ある研究者(合田道人『案外、知らずに歌ってた童謡の謎』2002年)が紹介するところによれば、こんな情景が推測されるという。
宵の口、遊女たちが呼び込みに立たされる。
そこへ訪れた客が「今日はどの娘にしようか」と品定めをする。
客の気を引ければ、それだけ早く前借金を返して自由になれるかもしれない——そんな遊女たちの事情を知りながら、客は余興として二人の遊女を競わせ、「勝った方を買ってやろう」と持ちかける。
その勝負の行方を、面白がって囃し立てる声が「どちらか、どちらか、おちゃらか……」だったのではないか、というのがこの説の骨子だ。
「どちらか、どちらか、おちゃらか……」
もっとも、この解釈はあくまで一つの著書が示す推測であり、学術的に確定した通説というわけではない。子供の遊び歌ゆえに、これといった定説が存在しないというのが実情のようだ。
8曲を振り返って見えてきた、三つの共通パターン
かごめかごめから始まったこのシリーズも、今回で最後になる。改めて8曲を並べてみると、いくつかの共通したパターンが浮かび上がってくる。
一つ目は、「古そうに見えて、実は歴史が意外と浅い」というパターンだ。
実は歴史が浅い
かごめかごめの「鶴と亀」は明治以降の付加であり、花いちもんめに至っては江戸・明治・大正の文献に一切登場せず、昭和10年の記録が最古だった。わたしたちが「大昔からの言い伝え」だと思い込んでいるものの多くが、実は近代以降、とりわけレコードや教育制度を通じて”標準化”された比較的新しい姿だったというのは、シリーズを通じて繰り返し確認できた発見だった。

二つ目は、「謎めいた歌詞ほど、後世に物語を呼び込む」というパターンだ。
謎めいた歌詞ほど色々な説がある
かごめかごめの陰謀説、通りゃんせや花いちもんめの被差別部落説・人身売買説、ずいずいずっころばしの隠語説——いずれも、歌詞の意味が曖昧であればあるほど、後の世代がそこに恐ろしい”真相”を読み込みたくなるという、人間の想像力の働き方そのものを映し出していた。
逆にひらいたひらいたのように、歌詞と遊び方が素直に対応している歌には、そうした物語がほとんど生まれなかった。
三つ目は、「発祥地論争は、決着がつかないのが常態」というパターンだ。
発祥地論争は決着がつかない
通りゃんせの川越説と小田原説、あんたがたどこさの熊本説と川越説——いずれも一次史料による決定的な証明には至っておらず、複数の町がそれぞれ「発祥の碑」を立てたまま、共存している。作者不詳、口承、地域ごとの変化という、わらべうたに共通する三条件がある限り、この手の論争にきれいな決着がつくことは、そもそも構造的に難しいのかもしれない。
最後に
都市伝説やこじつけと切り捨てるのは簡単だが、そうした解釈が生まれ、語り継がれてきたこと自体もまた、一つの文化的な事実だ。歌詞の意味が定まらないからこそ、時代ごとの人々が、それぞれの不安や好奇心を映す”鏡”としてこれらの歌を使い続けてきた
——そう考えると、意味不明な童歌たちは、むしろ驚くほど雄弁に、日本人の想像力の歴史を物語っているのかもしれない。
全8回、お付き合いいただきありがとうございました。

出典・参考情報源
- ジャンケン遊びの「おちゃらか」は、遊女を買う悪趣味な旦那の遊びから来ている – Japaaan(合田道人『案外、知らずに歌ってた童謡の謎』祥伝社黄金文、2002年への言及を含む)
- おちゃらかほい 童謡・わらべうた 歌詞と解説
※遊女説はJapaaan誌が紹介する合田道人の著書(2002年)に基づく一解釈であり、学術的な定説ではない。あくまで諸説の一つとして紹介した。


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