世界の創世神話(7) マオリ神話の天地分離と、『モアナ』が世界に広めた半神マウイー子どもたちはなぜ、空の父と大地の母を引き裂いたのかー

マオリ神話

前回は日本、今回は地球の反対側へ

前回はイザナギとイザナミ、日本の「国生み」神話を訪ねた。夫婦の神が声をかけ合いながら島々を生み、そして黄泉国下りの悲劇へと向かう——ユーラシア大陸の東の端に伝わる物語だった。

今回向かうのは、そこから南太平洋をずっと下った先、アオテアロア(Aotearoa、ニュージーランドのマオリ語名)だ。マオリの人々は、およそ700年前後(諸説あり、13世紀頃とされる)に東ポリネシアから航海用カヌーで渡ってきたとされる人々の子孫であり、この島に「天地分離型」の創造神話を伝えてきた。

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主役はランギヌイ(Ranginui、「空の父」)とパパトゥアヌク(Papatūānuku、「大地の母」)。そしてこの2柱の間に生まれた、性格も役割もバラバラな子どもの神々だ。今回はこの天地分離のドラマに加えて、マオリ神話でもう一人の主役級の存在——半神半人の英雄マウイの伝説にも軽く触れる。ただし断っておくと、半神半人や巨人をめぐる神話は、このシリーズでも改めてじっくり特集する予定にしている。だから今回のマウイは、あくまで「予告編」のつもりで読んでほしい。

「無」から「闇」へ——マオリの宇宙論はまず”状態”から始まる

マオリの創造伝承は、多くの文化のように「最初に神がいた」という語り方をしない。

まず語られるのは、

テ・コレ(Te Kore、無・空)、

テ・ポー(Te Pō、闇・夜)、

テ・アオ(Te Ao、光・この世)という、 

3つの”状態”の移り変わりだ。

ニュージーランド公式の百科事典『テ・アラ』(Te Ara: The Encyclopedia of New Zealand)によれば、この状態から状態への推移は、ファカパパ(whakapapa、系譜・系統)という、マオリ文化の根幹をなす考え方によって語られていく。神々や自然物、さらには人間までもが、この一つの巨大な系図の中に位置づけられているのだ。

そのテ・ポー(闇)の中から立ち現れるのが、ランギヌイとパパトゥアヌクだった。

空の父と大地の母、そして”密着した抱擁”の中の子どもたち

ランギ(空)とパパ(大地)は、きつく抱き合ったまま離れない一組の夫婦として描かれる。

そしてその2柱の間、身動きの取れない暗闇の中に、数え切れないほど多くの子どもたちがひしめいていた——伝承によっては「500柱以上」とも言われる。

その中でも中心的な役割を担う神々を紹介したい。それぞれ驚くほど個性がはっきりしている。

  • タネ(Tāne) — 森と鳥の神。後に両親を引き裂く”実行役”になる
  • タンガロア(Tangaroa) — 海の神
  • トゥーマタウェンガ(Tūmatauenga) — 戦いと人間の神。気が短く、いきなり過激な提案をする
  • ロンゴ(Rongo) — 栽培植物(サツマイモなど)の神
  • ハウミアティケティケ(Haumia-tiketike) — 野生の食用植物(シダの根など)の神
  • タヴィリマテア(Tāwhirimātea) — 嵐と風の神。後にただ一人、両親の分離に猛反対する
  • ルアウモコ(Rūaumoko) — パパの胎内にまだ宿ったままの、地震を司る神。彼が体を動かすたびに地震が起きるとされる

暗闇の中で息苦しい思いをしながら育った子どもたちは、やがて「光の中で生きたい」と話し合うようになる。

「殺してしまえばいい」——過激な提案と、タネの”穏健”な代案

最初に声を上げたのは、戦の神トゥーマタウェンガだった。テ・アラの記述によれば、彼は両親を殺してしまうことを提案したという。

だがこれに待ったをかけたのが、森の神タネだった。タネの主張はこうだ——殺すのではなく、引き離せばいい。

空にいるランギを、自分たちにとって遠い”他人”のような存在にしてしまい、大地であるパパは自分たちのそばに残して育ての親とする。命を奪うよりも穏当な、しかし結果としては同じくらい両親を引き裂く提案だった。

面白いのは、この後の展開に細部の”揺れ”があることだ。

ロンゴ、タンガロア、ハウミアティケティケが次々と両親を引き離そうと試みるが、いずれも失敗する。最後に成功するのはタネだ。

ただし、その”やり方”についてはテ・アラも「伝承によって異なる」とはっきり書いている。ある伝承ではタネは支柱を使って空を押し上げ、別の伝承では仰向けに寝転がり、両足で空を突き上げて引き離す。

さらにタラナキ地方に伝わる版では、引き離す役はタネではなく海の神タンガロアだとされている。どの神が、どんな姿勢で世界を引き裂いたか——語り部の部族(イウィ)によって、この”創世の瞬間”の描かれ方そのものが違うのだ。

これはマオリ神話が単一の教典ではなく、各地の口承として生きてきたことの、何よりの証拠と言っていい。

そして、力ずくで引き離された両親の間に、初めて光が差し込んだ。

ただ一人反対した嵐の神——タヴィリマテアの逆襲

しかし全員がこの分離に賛成していたわけではない。

嵐と風の神タヴィリマテアだけは、最後まで両親を引き裂くことに反対していた。両親の悲しみに寄り添い、兄弟たちのやり方に怒りを燃やす。

分離が実行されると、タヴィリマテアは父ランギのもとへついていき、兄弟たちへの報復を開始する。嵐、風、雲を武器に、まずタネの支配する森を吹き荒らす。

次に海のタンガロアに襲いかかり、魚や爬虫類を海の奥深くや陸へと逃げ惑わせる——このときの逃走が、魚と爬虫類が今も別々の場所に棲み分けている理由なのだと伝承は語る。

ロンゴとハウミアティケティケにも矛先を向けるが、母パパが2柱を自分の体の中に隠してかくまう。栽培植物や野草が土の中に根を張っている理由は、ここにあるとされる。

最後にタヴィリマテアが挑むのがトゥーマタウェンガだが、こちらは互角以上に渡り合い、決着はつかない。結局トゥーマタウェンガは、狩猟や農耕という”実力行使”を通じて、逆らわなかった他の兄弟たちを従えていくことになる。

そして今も、ランギヌイは大地に残してきた妻を想って涙を流し続けている——それが雨だ。

パパトゥアヌクもまた、夫を恋しがってため息をつき続けている——それが森にかかる霧だとされる。空の父と大地の母は、子どもたちに引き裂かれてなお、今日まで互いを想い合っている、というのがこの神話の余韻だ。

そしてパパの胎内には、まだ生まれていない末っ子ルアウモコが残ったままだ。彼が身じろぎするたびに、この地に地震が起きる。ニュージーランドが世界有数の地震国であることを思うと、この神話は単なる昔話というより、今この瞬間もこの島の地面の下で”続いている物語”のように読める。

エジプトとの奇妙な”ねじれ”——なぜ空が女神で、大地が男神になったり、ならなかったりするのか

このシリーズの第5回で訪ねたエジプトの創世神話を覚えているだろうか。あちらでは、大地の神ゲブは男性、空の女神ヌトは女性であり、両者を引き離すのは大気の神シュウだった。

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今回のマオリ神話は、その組み合わせがきれいに反転している。空(ランギ)が父=男性で、大地(パパ)が母=女性。そして引き離すのは、夫婦の間に生まれた息子(多くの伝承ではタネ)だ。

世界の天地分離神話を見渡すと、実は「空=男性・大地=女性」という組み合わせのほうが、世界的にはやや優勢だと言われている。

だからこそ、エジプトの「大地が男神、空が女神」という組み合わせは、比較神話学の中でもしばしば”例外”として取り上げられる。同じ「天地分離型」というカテゴリーに属していても、性別の配置一つでずいぶん印象が変わるのが面白いところだ。

ちなみに、なぜこの組み合わせが入れ替わるのかについて確立した定説はなく、ここでは「そういう例がある」という事実の指摘にとどめておきたい。

Youtubeではマオリ神話の基礎編をわかりやすくお届けしています

予告編:半神半人マウイという”もう一人の主役”

さて、ここからは今回のもう一つのテーマ、半神半人マウイに軽く触れておきたい。

マオリ神話において、天地創造の物語と並んでとにかく人気が高いのが、このトリックスター的英雄の一連の冒険譚だ。

マウイは天地を分離する役ではなく、すでに出来上がった世界で活躍する英雄であり半神です。

マウイの物語は、生まれた瞬間からただ事ではない。母タランガは彼を早産で産み落とし、自分の髷(まげ、ティキティキ)に包んで海に投げ捨ててしまう。

ところが波にもまれるうちに彼は生き延び、祖先(海の神とも語られる)に拾われて育てられた。マウイの正式名「マウイ・ティキティキ・ア・タランガ」は、この”包まれて捨てられた”出自にちなむものだ。

成長したマウイは、兄弟たちの船にこっそり乗り込み、祖先の顎の骨で作った釣り針と、自分の鼻血を餌にして、途方もなく巨大な魚を釣り上げる。これが後のニュージーランド北島——マオリ語で「テ・イカ・ア・マウイ(Te Ika-a-Māui、マウイの魚)」——になったとされる。ちなみに南島は「テ・ワカ・ア・マウイ(マウイの舟)」、スチュワート島は舟の錨石と位置づけられている。ンガーティ・ポロウ族の伝承者モヒ・ルアタプが語った版では、「餌は自分の鼻だった。殴って鼻血を出し、それを顎の骨に塗りつけた」とより生々しく描写されている。

マウイの伝説はさらに続く。「日が短すぎて夕食の支度が間に合わない」と不満を持ったマウイは、兄弟たちとロープを編み、太陽(タマヌイテラー)を待ち伏せして捕らえ、顎の骨で打ちのめして「もっとゆっくり進め」と約束させる——太陽の運行が遅くなったのはこのときからだ、という話。

祖母にあたる火の女神マヒカからは、彼女の指の爪(それぞれが炎そのもの)を一本ずつだまし取ろうとして、最後には激怒したマヒカが最後の爪を投げつけ、その火がカイコーマコやマーホエといった木々の中に宿った——これが、木をこすり合わせると火が起こせる理由なのだという。

そして最後は、人類に永遠の命をもたらそうとした、マウイ最大にして最後の挑戦だ。眠る死の女神ヒネヌイテポーの体内に、小さな虫の姿になって入り込み、口から反対側へ通り抜けようとする。

しかしその様子を見ていたファンテイル(ピーワカワカ、扇尾鳥)が笑い声を上げてしまい、目を覚ましたヒネヌイテポーに、体内の黒曜石の歯で挟み殺されてしまう。

マウイは「初めて死んだ者」になった——つまりこの物語は、人間がなぜ不死ではなく死すべき存在なのかを説明する神話でもある。

こうした一つひとつのエピソードは、実は「巨人・半神半人シリーズ」を別途やるときにこそじっくり掘り下げたい題材だ。今回はあくまで、次にマウイの名前を聞いたときに「ああ、あの人か」とピンとくるための、顔見せ程度にとどめておく。

現代へのつながり——『モアナ』が世界に広めたマウイ、そしてその”揺り戻し”

このマウイという名前、実はもうすでに世界中で聞いたことがある人が多いはずだ。2016年のディズニー映画『モアナと伝説の海』(Moana)に登場する、大柄でタトゥーだらけの半神キャラクター「マウイ」の元ネタが、まさにこの神話のマウイである。

この映画には、ニュージーランド出身の映画監督タイカ・ワイティティ(『マイティ・ソー/バトルロイヤル』などで知られ、母方がマオリの血を引く)が、初期段階の脚本に関わっていたという裏話がある。

ワイティティ自身は後年、「自分の脚本で最終的に映画に残ったのは”EXT. OCEAN – DAY”(ト書きの「屋外・海・日中」)だけだった」と冗談交じりに振り返っているが、同時に「太平洋の文化を侮辱するような作品にならなくて、心から安堵した」とも語っている。

彼のようなマオリ系の作り手が制作に関わったことが、ディズニー側にとっても「この文化を扱っていい」という一種の信頼材料になったようだ。

ただし『モアナ』の道のりは、手放しで称賛されてきたわけではない。公開前の2016年、ディズニーは褐色の肌・伝統的なタトゥー柄・草のスカートを再現した子ども用のマウイ仮装コスチュームを発売したが、太平洋諸島系のコミュニティから「ブラウンフェイス(褐色に肌を塗ること)であり、神聖な意味を持つ伝統タトゥーを軽々しく商品化している」と強い批判を受けた。

ディズニーはほどなくこのコスチュームを謝罪の上、販売中止にしている。「自分たちの物語」が世界的な人気コンテンツになることには、光もあれば影もある——このエピソードはその両方を象徴している。

その後の展開として、2024年公開の続編『モアナ2』では、英語版と同時に、マオリ語吹替版『Moana 2 Reo Māori』が世界に先駆けて同日公開された。これはディズニー・アニメーション作品として初めての試みだったという。

制作を手がけたのは、ニュージーランドの制作会社マテワ・メディア(Matewa Media)。プロデューサーのトゥイーディー・ワイティティ(タイカ・ワイティティの元パートナーでもある)は、「マオリ語の存続のために闘い続けてきた人々の遺志を継ぐ仕事だ」とコメントしている。

マテワ・メディアはこれまでにも『ライオン・キング』『アナと雪の女王』『リメンバー・ミー』など、ディズニー/ピクサー作品を次々とマオリ語に翻訳してきた実績を持つ。かつて自分たちの神話の主人公が、遠いハリウッドのスタジオによって世界中に広められ、賛否も呼び、そして今度はその映画自体が自分たちの言語を取り戻す道具として使われている——マウイという一人のキャラクターをめぐって、ここまで重層的な”今”が生まれているのは、なかなか他に例のないことだと思う。

次回予告

次回は中米、マヤの創世神話へ。『ポポル・ヴフ』が伝える、人間創造をめぐる神々の”3度の失敗作”の物語——泥の人間、木の人間、そして最後にたどり着くトウモロコシの人間の物語を追いかける。


出典・参考情報源

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