世界の創世神話⑼ アステカ神話「五つの太陽」なぜ世界は四度滅び、貧しい神が炎に飛び込んで太陽になったのか

アステカ創世神話 テオティワカンでナナワツィンが炎に身を投げる場面 アステカ神話

前回はマヤ、今回はメキシコ中央高原、アステカ(メシカ)の世界へ

前回は中央アメリカ・グアテマラ高地に伝わる『ポポル・ヴフ』を訪ねた。神々が人間作りに三度も失敗し、その黒歴史を堂々と書き残していたマヤ神話だった。

今回向かうのは、そこから北へ、メキシコ中央高原。

14世紀から16世紀にかけてテノチティトラン(現在のメキシコシティ)を都に栄えた人々、いわゆる「アステカ」――彼ら自身は「メシカ」と名乗っていた――の創世神話だ。

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太陽は放っておくと止まる、という考え方

アステカ神話がとにかく面白いのは、ここだ。世界は一度作られて終わりではない。

これまでに四つの世界が作られ、そのすべてが滅んでいる。今の世界は五つ目の太陽で、しかもこの太陽、生まれた直後は空に昇ったきりピクリとも動かなかった。

アステカの人々は、この「太陽は勝手には動き続けてくれない、誰かが動かし続けなければならない」という考え方を、本気で信じていたようだ。

彼らの暦は52年をひと区切りとするサイクルになっていて、この52年が一巡するたびに「今度こそ世界が終わるかもしれない」という緊張感とともに、大掛かりな儀式(新しい火の儀式)を行っていたことが記録に残っている。

つまり今回語る「太陽をめぐる神話」は、遠い昔話ではなく、アステカの人々が暦をめくるたびに実感していた、リアルな終末不安の土台そのものだった。

この物語を伝える主な文献は『レジェンダ・デ・ロス・ソレス』(太陽たちの伝説、1558年にナワトル語で記録)と、スペイン人修道士ベルナルディーノ・デ・サアグンが16世紀にまとめた『フィレンツェ絵文書』の二つ。どちらも征服後まもない時期に、先住民の記憶をなんとか書き留めようとした記録だ。

太陽は四度作られ、四度滅んだ

現在の世界が生まれる前、すでに四つの世界(太陽)が作られては壊れていた。

つまり今のこの世は5回目の世界。

第一の太陽を治めたのはテスカトリポカ。ところがこの太陽、半分の光しか放てなかった。もう一柱の大神ケツァルコアトルが棒で打ち落とし、この時代は終わる。世界にいた巨人のような人間たちは、テスカトリポカが放ったジャガーの群れに食い尽くされた。

第二の太陽は、テスカトリポカを打ち落とした側のケツァルコアトルが治めることになった。人間は普通の大きさになったが、やがて神聖な教えから外れ、堕落していく。今度はテスカトリポカが仕返しとばかりに人間を猿へ変え、激しい暴風がこの世界を吹き払った。

第三の太陽は雨の神トラロックの時代。妻ソチケツァルをテスカトリポカに奪われ、悲しみに沈んだトラロックは世を顧みなくなり、干ばつが大地を襲う。最後は自ら「火の雨」を降らせ、世界を灰に変えた。

第四の太陽を治めたのは水の女神チャルチウトリクエ。彼女もテスカトリポカから心無い非難を受け、52年もの間、血の涙を流し続けたという。その涙が大洪水となって世界を満たし、人間は魚に変えられてしまった。

四つの時代を見渡すと、一つの型が見えてくる。

四つの太陽が破壊された世界を象徴するジャガーのシルエット

テオティワカンの闇――貧しい神と裕福な神、どちらが太陽になるか

四つの世界が滅び、五度目の創造の場に選ばれたのが、実在する巨大遺跡テオティワカンだった。

まだ太陽も月もない暗闇の中、神々が集まり、誰が身を投げ出して新しい太陽になるかを話し合う。

最初に名乗り出たのは、裕福で美しい神テクシステカトル。

対する候補はなかなか決まらず、最終的に選ばれたのは、体じゅうに腫れ物とただれた傷を持つ、貧しく病弱な神ナナワツィンだった。

名前の意味そのものが「できものだらけの者」という、身も蓋もないものだ。

二柱は四日間の苦行に入る。

テクシステカトルは最高級の羽根や黄金の玉を捧げたのに対し、ナナワツィンが捧げたのは青草の束と、自らの血で染めた棘だけ。

そしていよいよ、燃え盛る炎に身を投げる番が来る。裕福なテクシステカトルは四度挑もうとするが、そのたびに強烈な熱に怯み、足がすくんで引き返してしまう。

一方のナナワツィンは、目を閉じるとためらいなく炎の真ん中へ飛び込んだ。その勇気に恥じ入るように、テクシステカトルもようやく後を追う。

こうしてナナワツィンは太陽になり、テクシステカトルは月になった。

ところが二つの光がまったく同じ強さで輝いてしまい、神々はまた頭を悩ませる。解決策は乱暴だった――一柱の神が月の顔にウサギを投げつけ、光を弱めたのだ。

今も満月にうっすらウサギの模様が見える、というのはここに由来する言い伝えである。

※日本でも月にうさぎのイメージを思い浮かべる人は多い。この件についてはいずれ詳しくお伝えする 

それでも太陽は動かなかった――神々全員の血と、逃げ出した犬の神

ここからが、今回いちばん紹介したかった部分だ。せっかく生まれた太陽は、空に昇ったきり、動かなかった。

ナナワツィンは炎に飛び込んで力を使い果たしており、自分一人で太陽を運行させるだけの力が残っていなかったのだ。

太陽は、生まれるだけでは足りない。

誰かが動かし続けなければならない。困り果てた神々が出した結論は、自分たち自身の命と血を差し出すことだった。

伝承にはいくつか筋があり、神々が互いに血を注ぎ合ったとする話もあれば、風の神エエカトルが渾身の力で太陽に息を吹きかけ、ようやく動かしたとする話もある。

ここでもう一柱、印象的な神がいる。犬の姿をしたショロトルだ。

他の神々が潔く自らの死を受け入れるなか、ショロトルだけは嫌がって逃げ出そうとした。トウモロコシの苗に化け、次に竜舌蘭に化け、最後にはアホロートル(ウーパールーパー)にまで変身して水に隠れようとする。

だが結局は見つかり、他の神々と同じ運命をたどった。

太陽は、動き始めた後もこれで安泰というわけではない。「太陽を動かし続けるためには、絶えず血を捧げ続けなければならない」

――アステカの人々が儀式のたびに自らの血を捧げたり、人身供犠を行ったりしていたのは、この神話が語る世界観、つまり「神々がまず自分を犠牲にしてくれたのだから、こちらも血を返し続けなければ、太陽はまた止まってしまうかもしれない」という考え方の実践だったと考えられている。

良い悪いを判断するための話ではなく、なぜそうした儀式が行われていたのかを神話の側から理解する手がかりとして紹介しておきたい。

骨を取り戻す旅――人間はどこから来たのか

太陽が動き出しても、まだ人間がいない。

この時代の人間を作ったのも、またケツァルコアトルだった。

彼は死者の国ミクトランへ行き、前の時代に滅びた人間の骨を譲ってほしいと冥界の主に願い出る。無理難題の試練を知恵で突破し、骨を手に入れるが、慌てて逃げる途中で落として砕いてしまう。これが理由で人間の体格に差ができた、という言い伝えもある。

砕けた骨は粉にされ、神々が自らの体を傷つけてその粉に血を注ぐ。粉と血が混ざり合い、今の人類が生まれた。人間の材料が「先代の人間の骨」であり、そこに神々の血まで混ざっている――この時点で、人間はすでに神々に対して「命の分け前をもらった借り」を負っていることになる。

冥界ミクトランの入口に立つケツァルコアトル

石に刻まれた五つの太陽

この神話にも、物証と呼べるものが残っている。1790年12月、メキシコシティの中心部(現在のソカロ広場)で、地中から巨大な石の円盤が掘り出された。直径3.58メートル、重さ推定25トンの「アステカのサンストーン(太陽の石)」だ。

中央に刻まれた顔が何を表すかは今も議論が続いているが(太陽神トナティウ説、夜の神格説、大地の怪物説など)、その顔を取り囲むように、過去四つの太陽――ジャガー・風・雨・水――の図像が刻まれ、さらに外側に現在の時代を示す「運動」の文字が刻まれている。今回語ってきた物語がまるごと一枚の石に凝縮されているわけだ。現在はメキシコシティの国立人類学博物館に収蔵されている。

闇の中で光るアステカのサンストーン

この神話は、アステカ一代で生まれたものではないかもしれない

「世界は何度も作られては壊される」というこの考え方は、実はアステカだけのものではない。

前回扱ったマヤの『ポポル・ヴフ』人間は泥、木と二度作り直され、木の人間は洪水で滅ぼされた。

人類研究の資料(Mayan.org)は、この「複数の世界時代」という発想がマヤに限った話ではなく、メソアメリカ全域に広がっていた考え方であり、アステカの「五つの太陽」はその代表例の一つだと位置づけている。

両者の違いは、マヤが「人間を作った材料」(泥・木・トウモロコシ)に焦点を当てるのに対し、アステカは「世界を壊した要素」(ジャガー・風・雨・水)に焦点を当てている点だという。

もう一つ、興味深い手がかりがある。

神々が新しい太陽を生み出した舞台、テオティワカン。

この巨大都市は、実はアステカ人が作ったものではない。最盛期は紀元前後から西暦650年頃で、アステカという集団がまだ歴史に登場するはるか前に栄え、すでに1000年以上前に廃墟となっていた都市だ。

誰が建てたのかさえ今もはっきり分かっていない。

アステカの人々は、自分たちより何百年も先に存在した、名も知らぬ文明が残した廃墟に足を踏み入れ、「ここで神々が太陽を作った」という物語を重ねたことになる。

つまりこの神話は、アステカという一つの民族が一から発明した話ではなく、彼らより古い時代からメソアメリカの各地に漂っていた「世界は周期的に終わる」という土台の上に、アステカの人々が自分たちの言葉と儀式を重ねて磨き上げた、いわば地域全体の世界観の集大成、最終形態の一つと見るのが近いのかもしれない。

現代へのつながり

アメリカの歴史学者カミラ・タウンゼントは2019年、アステカ史を先住民側のナワトル語資料から描き直した著書『Fifth Sun(フィフス・サン)』を発表し、2020年にカンディル歴史賞を受賞した。書名の「フィフス・サン」は、まさに今回語ってきた「第五の太陽」――アステカの人々が自分たちの生きる時代をそう呼んでいたことに由来する。四百年以上前の神話が、今も歴史書のタイトルとして生き続けている。

アステカの神話についての入門編動画です

次回予告

次回はアフリカ大陸、ヨルバの人々に伝わる創世神話へ。天から地上に降り立った神オバタラが、どのようにして大地を形作ったのか、その物語を追いかける。

出典・参考情報源

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