童歌の謎(4) 「あの子が欲しい」——一匿の重みと、”発明”された伝承

二列に向かい合う子供たちのシルエット。花をもちばんの回しをモチーフにした「花いちもんめ」のイメージ わらべ歌

奪い合われる子供

想像してほしい。

校庭で二組に分かれた子供たちが、手をつないで一列になり、向かい合う。

「勝ってうれしい花いちもんめ」「負けてくやしい花いちもんめ」

と歌いながら前後に歩き、やがて

「あの子が欲しい あの子じゃわからん」

と、互いのチームからメンバーを一人選び合う。じゃんけんで勝った方が、相手チームの子を一人もらい受ける

——今も全国の校庭で遊ばれている、シンプルな集団遊びだ。

今回はその由来を、史料に基づいて丁寧に追ってみる。

驚きの事実:江戸時代の記録に、この遊びは存在しない

まず押さえておきたいのが、この遊びの成立時期についての意外な事実だ。

「花いちもんめ」は、江戸時代に広く行われていた「子とろ子とろ」系の遊びから独立して生まれたと考えられているが、江戸・明治・大正の各時代の文献には、今わたしたちが知っている形の「花いちもんめ」は確認されていない。

現時点で確認できる最古の記録は、昭和10年(1935年)発行の『続日本童謡民謡曲集』で、京都市で歌われていた歌として収録されたものだ。

同書には静岡県沼津地方の縄跳び唄としても掲載されており、研究者はこれらの元歌が大正末頃には存在していたと推測している。

つまり「花いちもんめ」は、わたしたちが漠然とイメージするような「大昔から伝わる古い伝承」ではなく、比較的新しい、昭和初期に形になった遊びである可能性が高い。

この構図は、前々回取り上げた「かごめかごめ」の「鶴と亀」が実は明治以降の付加だったという話と、驚くほどよく似ている。

「一匁」は、いくらだったのか

歌詞に出てくる「もんめ(匁)」は、江戸時代の銀貨の重量単位だ。

銀一匁はおおよそ現在の2000円程度に相当するとされる。

もっとも穏当な解釈では、この歌は文字通り「一匁の値段で花を売り買いするやり取り」を描いたものだとされている。値切られて悲しい売り手側と、安く買えて嬉しい買い手側——素朴な商取引の風景を歌にした、というわけだ。

人身売買説:「花」は若い女性の隠語だった

一方で、まったく違う読み方も広く語られている。「花」は若い女性を指す隠語であり、一人一匁という値段で行われた人買い、あるいは鬼(異人)に力づくでさらわれた中世の社会背景に、この歌の起源があるとする説だ。

子供の遊びとしてはあまりに残酷すぎるという反論も根強いが、この説を支持する立場からは「大人が到底口にできないような内容だからこそ、無邪気な子供たちの間でそのまま伝承されてきたのだ」という見方が示されている。

「かごめかごめ」の陰謀説や「通りゃんせ」の被差別部落説と同様、この手の解釈が生まれる背景には、”意味のわからない不気味な歌詞には、隠された恐ろしい真実があるはずだ”という、人間の想像力そのものが関わっているのかもしれない。

歌垣説:古代の求婚儀礼の名残という見方

もう一つ、学術的な立場からの興味深い視点がある。児童文化論を専門とした児童学者・本田和子は、1983年の論文「『花一匁』子どもたちの『歌垣』」の中で、この遊びを古代の「歌垣」の名残として位置づけている。

歌垣とは、古代日本で若い男女が集まり、歌を掛け合いながら求婚し合った習俗のことだ。二つの組がそれぞれ「あの子が欲しい」と、相手チームの中から意中の一人を選び合う「花いちもんめ」の構造は、この歌垣的なやり取りの残響として読み解ける、という指摘である。

人身売買説とは対照的に、こちらは「奪い合い」ではなく「求婚」の側面に光を当てた解釈だと言えるだろう。

全国に散らばる、微妙に違う歌詞

「花いちもんめ」は地方によってかなりバリエーションが豊かだ。

「隣のおばさんちょっとおいで」「鬼が怖くて行かれない」「お釜かぶってちょっとおいで」「お釜底抜け行かれない」

といった問答が挟まれる地域が多いが、関西では「タンス長持ちあの子が欲しい」という一節が加わったり、福岡や長崎の一部では最後に「あっかんべー」という仕草が入ったりと、土地ごとの個性がはっきり出ている。

この多様さそのものが、統一された「原典」を持たない、口承文化ならではの姿を物語っている。

それでも、決定的な証拠はない

結局のところ、「花いちもんめ」の由来についても、人身売買説、歌垣説、単なる花の商取引説のいずれも、確定的な史料による裏付けは持っていない。

特に人身売買説は、インターネット上で「怖い童謡の真相」として繰り返し紹介される人気の高い説だが、提唱者や一次資料がはっきりしないまま広まっている点には注意が必要だ。

はっきりしているのは、この歌が「大人たちがもらい子や奪い合いの構造を、遊びという形に昇華させた」ものである可能性が高いということ。それが人身売買の記憶なのか、歌垣の名残なのか、あるいはただの言葉遊びなのか——今のところ、その答えは歌詞の向こう側に留まったままだ。

次回予告

次回は、熊本と川越、二つの町がそれぞれ「うちが発祥だ」と主張し続けている手鞠歌「あんたがたどこさ」。歌詞の中に一つも熊本弁が使われていないという、決定的な違和感の正体に迫る。

童歌の謎(3) 徳川御三家より格上——茶壺の行列という、本物の恐怖
意味不明な歌詞の奥に、実在の制度があった想像してほしい。子供たちが輪になり、握った拳の穴に順番に指を差し込んでいく。テンポの良い、どこか呪文めいた歌詞が続く。「ずいずいずっころばし ごまみそずい 茶壺に追われて とっぴんしゃん 抜けたら ど…

出典・参考情報源

※資料1フォルダに保管されていた下書きPDF(ChatGPT出力の未検証メモ)には人身売買説・奉公説・徴兵説・婚姻説・単なる遊び説が併記されていたが、このうち徴兵説については独立した出典を確認できなかったため本稿には採用していない。婚姻に関連する要素は、本田和子の歌垣説を出典として明記したうえで反映した。

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